京都芸術大学芸術学部文芸表現学科における雑誌編集の5年間
中村 純
(京都芸術大学芸術学部文芸表現学科准教授)
はじめに
私は、京都芸術大学文芸表現学科の編集関連科目では、講義科目「出版編集論」、演習科目ゼミナール「文芸総合演習」を担当している。前者で、出版、表現の自由、著作権法、職業としての編集者に必要な倫理等を学び、後者で企画、調査取材、執筆、編集を経た雑誌制作を行い、学生の卒業制作としての個人制作を指導教員としてサポートする。
2020年度より、学内の特別制作研究費助成を受け、ゼミ雑誌『アンデパンダン 文芸×社会』を編集する指導を5年間にわたり実施した。ここでは、教育としてのエディターシップとキャリア教育を架橋した雑誌制作(MIE:magazine in education)の概要について、報告する。
なぜMIEなのか
学生たちと出会った初年度、私自身の授業のスローガンとして挙げたことは、「書を読んで、街に出よう」である。まず、学生たちを街というコモンに連れ出し、他者と出会わせる必要がある。そこから取材執筆、編集へと教育活動を創ることを初期目標とした。
2019年、鶴橋、崇仁
最初に学生たちを引率したのは、大阪のコリアンタウン鶴橋である。鶴橋には古代からの日韓交流、近代の日韓併合の歴史がある。作品を書き編集する者として、鶴橋等のコリアンタウンで2010年前後に起きたヘイトクライム、ヘイトスピーチについて考える必要がある。鶴橋は、韓流サブカルチャーと食文化の楽しい街という側面もあるので、学生たちを連れ出しやすい街でもあった。
当時、26か国ルーツの外国人が居住する大阪市生野区の鶴橋のコリアンタウンのフィールド ワークの案内をしてくれたのは、多文化共生を理念に掲げて活動する特定非営利活動法人クロスベイズの宋悟さんである。以来、私たちは幾度となく鶴橋に通った。学生たちは分担して、街の歴史や文芸、鶴橋の未来を創る人々について、取材インタビューを試みた。
記事は、大学の広報WEB『瓜生通信』に掲載。タイトルは、「ことばと芸術で社会を変革する――SDGsの実践 鶴橋フィールドワーク」である。
https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/601
次に、東京出身の私が京都に来てショックを受けた言説の対象となった場所、旧被差別部落について考えた。出版や表現、芸術に関わるものが必然的にぶつかる差別の問題である。京都駅南の崇仁地区の歴史を学校等で講演し、地域マガジンを発行し、報道ドキュメンタリー番組でも発信している藤尾まさよさんに、フィールドワークの案内人を依頼した。地域を案内していただきながら、当事者の藤尾さんがこの活動を始めるに至った経緯や、京都市役所の職員が旧被差別部落を描いた小説「オール・ロマンス」が差別的だと指摘された事件等について、丁寧に配慮されたお話をうかがった。
後日、崇仁地域に足を踏み入れたときの印象についての記述で、学生は藤尾さんに無意識の差別意識や偏見を指摘され幾度もリライトするに至った。仕上がった記事に学生たちがつけたタイトルは「刃物となる言葉、平和を紡ぐ言葉――崇仁フィールドワーク」である。
https://uryu-tsushin.kyoto-art.ac.jp/detail/645(瓜生通信)
自分たちの言葉が刃物にも平和を紡ぐ言葉にもなることを、学生たちは学びとった。これは執筆者、編集者としても必要な気づきである。藤尾さんの厳しさの理由は、学生たちにしっかりと伝わっていた。
『アンデパンダン 文芸×社会』の誕生
学生たちは、各自の興味関心に応じて自分で取材にでかけるようになった。テーマ設定、事前調査、フィールドワーク、インタビュー、執筆、編集、WEB媒体で記事を公開するプロセスを複数回重ねる。これはまさに編集者の辿るプロセスである。
私は学内の特別制作研究費の公募に応募し、取材調査の交通費、資料費、雑誌制作の制作費の獲得に至った。こうして雑誌『アンデパンダン 文芸×社会』は誕生した。雑誌は特集記事とゼミ生たちの文芸作品で構成されている。こうした教育活動を5年繰り返し、まもなく4冊目の雑誌(旅と文芸)が校了する。
学生たちに身に着いた力の検証
テーマやジャンルに関して文献調査、フィールド調査、執筆編集をすることで、取材調査力、リテラシー、執筆編集力が身に着く。このプロセスで、人文学的教養、行動力、出版等メディアに関わる者として、自己、他者、作品、言葉に向き合う姿勢、人権意識が身に着く。MIEを通じて、大学教育としてクオリティーの高い教育活動ができることを検証することができた。
Vol.1創刊号は、2019年から企画スタート、2021年1月7日刊行。
特集「SDGs多文化共生を歩く」の特集は、大阪鶴橋、東九条マダン、ウトロ地区再開発、崇仁フィールドワークとインタビューなどから構成されている。
Vol.2は、2020年から企画スタート、2022年1月7日刊行。
特集1「ジェンダーを紐解く」、特集2「聴く・語る 叫ばれていた声に耳を澄ます」。
Vol.3は、2021年から企画スタート、2022年12月刊行。
特集1「ハンセン病を語り継ぐ」、特集2「推しと生活」、
特集3「食べることから考える」、特集4「絵本から見る社会」