日本と中国の出版研究比較
――戦後から2000年代までの出版関係書籍を対象に
伊藤民雄
(実践女子大学図書館)
1.研究目的と研究背景
本研究は、日本と中国の出版研究比較を目的として、1945年から2000年代までに両国で出版された「出版関係書籍」の全体像と出版傾向を把握する調査を行った。研究手法としては、文献調査と統計分析である。調べた限りでは、両国とも、対象文献全体を利用した20年、30年、50年単位での全体像の把握分析は行われていない。研究上の問題として挙げられるのは、網羅的かつ長期に渡る「出版」を対象にした書籍の出版情報の把握である。本研究では、国立図書館の全国書誌だけでなく複数の情報源から広く書籍情報が収集されている既存の書誌(文献目録)を利用することとした。
2.研究手法と研究対象
網羅的な出版関係の書誌を利用し、1945年から2000年代までの出版点数全体(①広義の出版研究)、及び「出版理論・総論のような出版研究書」(②狭義の出版研究)の出版状況を明らかにする。主題別、年代別の発行書籍をカウントし、その結果を図表化し分析を試みる。
研究に利用した日本の書誌は、『マスコミジャーナリズムの本全情報』(日外アソシエーツ 1997-2007)で、1945年から2006年までに発行されたマスコミ・ジャーナリズム一般、著作権、新聞、放送、出版、広告、広報、等の図書(書籍)をテーマ別に3分冊に収録している。一方で中国の書誌は、李新祥の編纂した『中国出版学研究綜録:1949-2009』(中国書籍出版社 2011)で、1949年から2009年までに発行された書籍を採録対象としている。両書誌の収録書籍から、戦前期の書籍を除外し、「出版」に関係する書籍のみ抽出し書名、出版年、主題から成る表を作成し、「出版一般」、「出版史」、「出版編集」、「出版業界」、「図書出版」、「雑誌出版」の大きく6つの主題項目で分類し、最終的に、日本4,202点、中国5,506点の書籍を研究対象とした。
3.結果と考察
3.1 広義の出版研究点数の推移
1945年から2006年までの出版点数の推移を比較すると、日本は1960年代までは多くないが1970年に一度ピークがある。その後は、石油危機の用紙不足が解消された1970年代後半から徐々に増え始め、1990年代半ばまで横這いであるが、出版不況が始まったとされる1996年から爆発的に増加(これまでの2.5倍)し、2006年段階では減少傾向にある。一方で中国の出版開発は文化大革命(1966-1976)で大打撃を受けたが、1980年代に急速に再建の途に入り、出版点数はその通り、同革命までは多くはないが、革命終結後の1980年代から緩やかに増え始め、1992年から倍増し、増大傾向にある。興味を抱いた「出版の自由」に関する書籍は、中国では2000年代に翻訳書2点(除外した戦前にも1点)が発行されている。
1980年代前半までは日本の出版点数が多かったこと、及び1990年代後半から両国とも安定して毎年150点以上の書籍が出版されているのは確かである。
3.2 狭義の出版研究点数の推移
出版各論ではなく「出版理論・総論のような出版研究書」の両国の出版点数(日本111点、中国110点)の推移を示したところ、日本出版学会(1969年設立)、中国出版科学研究所(同1985年)、中国編輯学会(同1992年)が設立された後に出版点数が増加する傾向が見られた。両国とも出版団体、出版研究機関の設立がその出版点数の増加に寄与していると考えられる。ただし、2000年代については中国の方が出版点数は確実に多いように思われる。
3.3 各国別の主題項目別の出版点数の推移
6つの主題項目について、日本は「出版業界」に関する書籍がどの時代においても発行点数が多く、続いて「図書出版」、「雑誌出版」、「出版編集」、「出版一般」の順で、「出版史」については発行点数から判断すると、あまり研究は活発ではないように見える。一方で中国は、1980年代から各主題の出版が盛んになり、1990年代までは「出版史」が優勢で、残りの「出版一般」、「出版編集」、「出版業界」、「図書出版」が平均的に出版されているように見えるが、2000年代から「図書出版」が、続いて「出版史」が突出している。
4.まとめ
日中両国共、1990年代以降は、出版関係の書籍は一定の出版点数が出版されている。また、出版団体や出版研究機関の設立が、狭義の「出版研究」を扱う書籍の増加に寄与していると考えられる。さらに主題から見ると、日本は「出版業界」中心の傾向が見られ、「出版史」が弱い。一方で、中国はどの主題も平均的に出版されているように見えるが、近年では「図書出版」、続いて「出版史」が突出している。
質疑応答においては、1990年代以降の中国における出版点数の増加理由についての質問には、日本と比較して研究者数が桁違いに多く、出版研究が進んでいるからと回答した(箕輪成男『出版学序説』 p.78-81)。また、研究発表終了後に質問のあった、研究対象にできなかった2010年以降の継続研究については資料が集まり次第行うと回答した。