「初期誌面内容の変化にみる『少女倶楽部』〈らしさ〉の創出」 嵯峨景子 (2018年5月 春季研究発表会)

初期誌面内容の変化にみる『少女倶楽部』〈らしさ〉の創出

嵯峨景子
(明治学院大学非常勤講師)

 本発表は,『少女倶楽部』(大日本雄弁会講談社)を対象に,初期誌面内容の分析を通じてどのように『少女倶楽部』という雑誌の特徴が確立されたのかを明らかにすることを目的とする.『少女倶楽部』は大正12年に創刊された後発雑誌であるが,またたく間に部数を伸ばし,当時首位の『少女の友』(実業之日本社)を追い抜き,昭和12年1月には最高部数の49万部を記録している.『少女倶楽部』は最も発行部数が多い少女雑誌であったにも関わらず,今日顧みられる機会は少ない.『少女倶楽部』は「一言に尽くせば田舎くさいんだ.全く泥くさい」(加藤まさを)雑誌であり,独自の美学を形成した戦前期少女文化という観点から読み直されることが多い少女雑誌のなかで,軽視されがちな存在となっている.

 現在のところ一番研究が進んでいるのは『少女の友』であり,編集者の内山基と抒情画家の中原淳一が活躍した昭和10年代前後が黄金期とされている.このようにあくまで第2位の発行部数であるにも関わらず,少女雑誌史が『少女の友』を中心に語られている点が課題として指摘できる.さらに先行研究では二つの雑誌の特徴を比較し,地方型の『少女倶楽部』と都市型の『少女の友』との位置付けがなされ,健康的な『少女倶楽部』に対して『少女の友』は洗練された抒情性や宝塚記事が特徴とされている.しかし創刊当初の『少女倶楽部』には抒情的な記事や宝塚歌劇の読み物,映画記事などが誌面にたびたび登場しており,創刊当初から『少女倶楽部』の特徴が確立していたわけではない.近代日本の少女雑誌をめぐる研究課題の一つとして,資料の散逸にともなう実証性への欠如が挙げられる.本発表では初期の誌面内容を詳細に検討することにより,従来の雑誌史では見落とされている『少女倶楽部』の内容の再検討を試みたい.

 『少女倶楽部』は大正12年1月,大日本雄弁会講談社(以下講談社と記す)から創刊された.創刊時の編集長は宇田川鈞であり,宇田川は昭和16年にそのポストを高木三吉に譲るまで『少女倶楽部』のトップとして誌面作りに携わった.『少女倶楽部』は,それまでの少女雑誌にはない特徴を備えていた.他の少女雑誌では編集者は作家でもあり,編集者の寄稿は愛読者との連帯を深めるものとして積極的に奨励されていたが,『少女倶楽部』では編集者はあくまで編集のみに徹し,エディターシップの確立が行われた.さらに従来の少女雑誌に見られる編集者と読者の交流が希薄で,読者欄における読者同士の交際や交流も許可されておらず,読者層も尋常5年生からと他雑誌より低い年齢層をターゲットにしていた.

 創刊当初の『少女倶楽部』は,賛助会員として学校の校長や識者の名前を掲載し,「誰からも褒められる学校の優等生」というこの雑誌を通じて主張された模範的な少女像を展開していた.大人の目から見て「健全」な誌面作りを目指し,過剰なセンチメンタリズムは忌避されていたが,他の少女雑誌で人気を博していた蕗谷虹児や加藤まさを,高畠華宵などによる抒情的な記事は読者からの人気が高く,初期においては一定数掲載されている.創刊以降順調な発展を遂げていた『少女倶楽部』に大きな変化をもたらしたのは,大正13年に起きた「華宵事件」である.高畠華宵は画料の値上げで講談社と決裂し,ライバル社の実業之日本社に移籍したことは出版史に知られた事件であるが,『少女倶楽部』もまた華宵の離脱は少なからぬ打撃となっていた.売り上げが低迷した大正14年は吉屋信子『花物語』が連載され,昭和2年にはモダン文化色が強い宝塚や映画記事が増加するなど,編集方針に迷いが見られる.

 こうした時期を経て,昭和4年頃からは宝塚や映画記事から脱し,陸奥速男(サトウ・ハチロー)の「あべこべ玉」をはじめとする人気長編小説の連載と,「誰からもほめられる」「優等生」「級長」をキーワードにした『少女倶楽部』の模範的少女像の確立と,従来『少女倶楽部』らしいとされている特徴が出現する.他の少女雑誌は,少女たち固有の感性を見出し発展させるメディアとして機能していた.しかし『少女倶楽部』ではこうした固有の感性から距離を置き,少女たちは良き日本婦人となるため,家庭や学校,社会のなかで模範生や優等生としてふるまうことを推奨した誌面作りを行った.こうした編集方針は裕福ではない少女,貧しい少女たちが共感を持てる誌面作りであった一方で,少女たちの好む夢や空想に寄り添う抒情的な要素が希薄である.少女文化の文脈で戦前期少女雑誌が再考される時に,メジャーな『少女倶楽部』への言及が少ないのも,この雑誌に登場しているのがあくまで教師や親の価値観からみた模範的な少女の姿を中心に展開していることが要因となっている.