《ワークショップ》 オープン化と出版産業の変化――学術ジャーナルを軸に (2018年5月 春季研究発表会)

《ワークショップ》 オープン化と出版産業の変化――学術ジャーナルを軸に

問題提起者:
  天野絵里子 (京都大学学術研究支援室)
討論者:
  中西秀彦 (中西印刷)
  中村 健 (大阪市立大学学術情報総合センター)
司会者:
  鈴木親彦 (人文学オープンデータ共同利用センター)

 本ワークショップは,オープン化がもたらす革新,その一方で生じた(生じると予測できる)問題について,出版モデルを軸に出版学としての議論を行うことを目的とした.大学において研究成果の発信を支援する立場から天野絵里子氏による問題提起が行われ,日本の学術ジャーナル市場の各プレーヤーの状況について中村健氏と中西秀彦氏が討議を行った.その後,フロアにも開いた形で議論を進めた.

問題提起概要

 まず天野氏によって概念の整理が行われた.オープンは,「オープンサイエンス」「オープンアクセス」といった様々な概念からなっている.科学技術基本計画では「オープンサイエンスとは,オープンアクセスと研究データのオープン化(オープンデータ)を含む概念である」とされている.「オープンアクセス」とは,(学術)情報をインターネットで誰でも無償でアクセス可能にすることである.
 また範囲の設定も行われた.まずオープン化の進展が著しい学術ジャーナルについて,特に国内の事例に絞って議論を進める.具体的には学会の発行する「学会誌」と大学や研究機関が発行する「紀要」についての議論からオープン化を考えていくと設定した.
 学会誌については,科学技術振興機構(JST)が構築するJ-STAGEがオープン化を後押ししている.投稿・査読・公開の支援を目指すこのプラットフォーム上で,現在約2,700誌が公開されているが,日本全体の傾向としてはまだオープン化・デジタル化は遅れている.学協会著作権ポリシーデータベース(SCPJ)を確認すると,51.2%の学協会がオープン化に対し「検討中・非公開・無回答・その他」である.また,海外では商業出版社が公開のプラットフォームを担っているのに対し,日本では産業側の動きが見えていない状況である.
 紀要については,JAIROなど「機関リポジトリ」をプラットフォームとしたオープン化が進んでいる.海外ではLibrary Publishingのように新しい動きが起きているのに対し,日本の紀要もミッションが多様化しつつある.その中で,図書館や出版者の役割をどう考えるかが必要になってきている.

討論概要

 中村氏からは,学術情報流通の主要なステークホルダーである大学図書館と出版社を巡る動向と解決すべき課題についての議論が行われた.特に学術情報の権威がどのように裏付けられているのか,変化するかが大きな問題になる.
 海外および日本国内に流通する英語論文の世界では,大手学術出版社と大学図書館間に結ばれる契約システム「ビッグディール」と,投稿された論文が査読されることで権威が生まれる「ジャーナル共同体」を軸に学術情報流通モデルが成立している.その中で一部の雑誌や論文の学術系のネットワークがオープン化されていくが,その権威が担保されたまま,出版産業モデルもオープン化にあわせて変容している.
 一方,日本語論文では,個々の学協会や出版社が個別に図書館や個人の研究者とジャーナルの取引を行うことが多い.その中で新しいプラットフォームとして,すでに説明されたJ-STAGEとJAIROの公開基盤に,検索基盤であるCiNiiがつながるというモデルが導入されつつある.その中で,大学図書館はオープン化を支える役割を求められている.
 この形式では,海外型のような権威の裏付けが欠けており,出版産業モデルに進展しにくい.なかでも人文科学の研究成果は,論文より図書が評価の対象になるなどオープン化の文脈に乗りにくい点が課題である.

 中西氏からは学協会の経営という面に踏み込んで,オープン化がもたらす変化の可能性が議論された.日本では会員が会費を支払い,その資金を元に学会誌を出版する購読料モデルが多く,オープン化に対応することが難しいという問題がある.
 現在の形式でのオープンアクセスジャーナルが成立した背景にオンライン化がある.ジャーナル製造コストの構造が変化し,配布者としての出版社・学会の機能が低下している.また,出版コストの負担が読者から投稿者に移ったことも大きい.
 論文のページ数が少なく,オンラインジャーナル化やインパクトファクターなどの評価指標の定着が進んでいたSTM分野は,このコスト構造の変化に対応してきた.一方で人文科学系では,一論文あたりのページ数も多く,オンラインジャーナル化もあまり進んでいないため,オープン化はすべて裏目に出てしまう可能性が高い.
 収益基盤が購読料型から投稿料型へ変わる中で,どうモデルを作るかが出版産業に求められている.投稿料だけを目当としたオープンアクセスジャーナルを出版する「ハゲタカジャーナル」が問題となっているが,挑発的に言えば出版社の存在意義はここにしかないかもしれない.

(文責:鈴木親彦)