山中智省
(目白大学)
本発表の目的は,富士見書房が1988年1月に創刊した『ドラゴンマガジン』を対象として,同誌が展開した〝ビジュアル・エンターテインメント〟の内容的特徴やその方法論を,主に特集記事の分析を通して明らかにすることである。かつて発表者は日本出版学会2015年度秋季研究発表会にて,「ライトノベル雑誌がもたらしたメディア横断的な物語受容と創作――『ドラゴンマガジン』の事例を中心に――」と題し,『ドラゴンマガジン』を対象とする研究の意義,同誌におけるメディアミックスの展開状況,メディア横断的な物語受容と創作に対して同誌が担った役割・機能に関する報告を行った。本発表はその報告内容を前提に,『ドラゴンマガジン』の創刊に関与した編集者に対するインタビュー,創刊当初(1980年代後半)を中心とした同誌の誌面や他雑誌の分析といった追加調査の結果を踏まえながら,一連の研究に新たな知見を提示するものである。
『ドラゴンマガジン』は,ライトノベルの専門レーベルとして知られる富士見ファンタジア文庫に先駆けて創刊された〈ライトノベル雑誌〉であり,その誌面は小説にとどまらず,マンガ,アニメ,ゲーム,模型,アイドルなど,多種多様なコンテンツで構成されていた。また,巻頭には大判なフルカラーの特集記事を掲載し,小説やコラムには大小様々なイラストを配している。さらにはファンタジー風の衣装を纏ったアイドルが表紙を飾るなど,いわゆるマンガ雑誌やアニメ雑誌のように,誌面全体でビジュアル要素を重視する姿勢が非常に顕著であった。なお,創刊号の巻頭言では「夢」をキーワードの一つに据え,『ドラゴンマガジン』を「“夢見る心”を持つ人たちの雑誌」であると紹介しつつ,複数のメディアを駆使した物語(ストーリー)表現の実践を掲げていた。こうした点でもやはり,従来の小説雑誌の姿とは趣を異にしていると言えよう。
2015年度秋季研究発表会における報告にて発表者は,『ドラゴンマガジン』の主な特徴として,(1)新人賞や専門レーベルとの連携関係,(2)読者に創作のコンセプトやイメージを提供する場としての機能,(3)メディアミックスのための戦略誌,の3点を指摘していた。そして本報告ではこれらに加え,同誌の創刊責任者を務めていた小川洋氏に対するインタビュー結果を踏まえながら,(1)『ドラゴンマガジン』および富士見ファンタジア文庫の創刊に至った経緯・背景,(2)『ドラゴンマガジン』および富士見ファンタジア文庫のコンセプト,(3)『ドラゴンマガジン』の編集体制や他雑誌との関係性,といった事項を中心に,同誌の創刊前後の状況に言及した。ここで発表者が特に注目したのは,「特集記事によって想定読者である中高生を惹きつけ,小説に触れる機会を創出する」という,『ドラゴンマガジン』が採っていた編集方針である。
発表者が行ったインタビューのなかで小川洋氏は,「特集記事で読者の興味を喚起し,自分の好きなものを好きなままでいていいんだと安心感を与える,読者を勇気づける」,「読者を惹きつけ,「その作品が好き」という気持ちを肯定し,作品を好きなわけをあえて視覚化・言語化して勇気づける特集を見せていくのが『ドラゴンマガジン』の主な使命」であると繰り返し述べていた。すなわち特集記事には編集側の明確な意図によって,「読者を勇気づける」要素があらかじめ準備されていたのである。したがって,こうした要素の集大成こそが同誌の“ビジュアル・エンターテインメント”として誌面に現れていた可能性は高いと言えるだろう。ゆえに本報告では,創刊作業で参考にしたとされる『アニメック』(ラポート),『Newtype』(角川書店),『獅子王』(朝日ソノラマ)といった他雑誌の誌面分析結果を提示しつつ,『ドラゴンマガジン』が展開した“ビジュアル・エンターテインメント”の内容的特徴やその方法論に迫った。
その結果,創刊当初の『ドラゴンマガジン』の特集記事は,『アニメック』から導入した「特集記事で読者の興味を喚起する」という方法論によって読者を小説(活字)へと誘うべく,ビジュアル要素などを駆使して作品を好む気持ちを肯定する(読者を勇気づける)内容になっていたことが確認されたのである。また,以上の結果をもとに発表者は,これらが「読者に小説のおもしろさを知ってもらう」「読ませる雑誌」を目指していた『ドラゴンマガジン』の大きな特徴であったことはもちろん,現在のライトノベルに繋がり得る“ビジュアル・エンターテインメント”を作り上げた実績として評価できるとの見解を示した。