伊藤民雄
(実践女子大学/慶應義塾大学大学院修士課程)
本発表は(公)日本図書館協会(以下,JLAという)と(公)図書館振興財団(以下,LAFという)が行う大規模な両図書選定事業を研究対象に行った。
1.研究の背景と研究目的
図書館の資料選択(選書)には,リスト選書と見計い選書が利用され,通常は両者を組み合わせて適書を選び出すことになる。
筆者は前研究の調査結果から,取次系新刊リストへの掲載・未掲載,その推薦の有無により,所蔵自治体・図書館の数に影響する可能性を確認した。推薦図書は,大規模図書選定事業で採択されたものであり,推薦の有無により,資料の収集点数が上下するのであれば,一度選定実態を確認する必要があると,今回の研究を行うこととした。
本研究の目的は,図書選定事業で個々に選択された図書個々ではなく,選定された図書全体からその妥当性の確認である。その判断材料は,出版傾向と異なる特定分野や特定出版社への偏向,及び流通経路への配慮,の有無とする。
2.大規模選定事業の詳細
JLAとLAFの選定は対照的であった。JLAは,選定委員を数十年続ける教師,図書館員,各分野の専門家が多数存在するが委員名非公表である。一方LAFは公表されている。JLAは市販書籍5万点以上を現物1点1点確認する究極の見計い選書,LAFは出版社の近刊情報,ゲラ利用等によるリスト選書であるが,図書館流通センターの「週刊新刊全点案内」に推薦図書として掲載され,受発注システムとの連携により物流が発生するのがJLAとの大きな違いである。両事業とも選定候補を事前準備する取次会社にかなり依存している。
3.研究対象資料と研究方法
日本図書館協会選定事業の2002年から2016年3月(事業終了)までの選定点数132,322点(セット物も1点換算),図書館振興財団新刊選書事業で公表された2011年から2016年までの選定点数23,337点を対象とする。これに,中小取次である地方・小出版流通センター(59,483点),JRC(2,038点),トランスビュー(366点),ツバメ出版流通(351点),の各中小取次の取扱書籍,人文会『人文書販売の手引き』第2版(744点),児童書総目録,及び医学書総目録を利用し分析を試みた。
4.調査結果
JLAは出版点数が少ない分野(歴史,児童書)が突出しており,図書館ニーズと見るか,選定委員の好みと見るか,は判断できない。一方,LAFは児童書の占有率が極めて高い。販売対象では,JLAは一般(6割),LAFは児童(5割),一般(3割)となっている。一方,発行形態は両者とも単行本が多数を占めるが,LAFは絵本も多かった。実際の選書では,出版社名ではなく図書の内容重視で選定が行われるが,結果として,一番選択された出版社は講談社で,採択率は20%前後である。一方で多くの出版社の図書も選定されており多様な選択が行われていたが,高採択率の出版社も一部見られた。岩波書店の選定率は,JLAが30~40%,LAFが20%程度であった。両選定事業の2012年から2016年3月までの重複率は多くて20%前後であった。
5.分析結果
両選定事業で選ばれた図書の書名中の言葉を形態素解析システム「茶筌」を利用して出現頻度を見たところ,両選定事業とも「日本」と「世界」が最も頻出し,同一の言葉が上位を占めた。このことは図書館員の目を惹く言葉があることを示唆した。
中小取次経由の書籍については,地方・小出版流通センターとJRCはそれなりに選ばれていたが,トランスビューとツバメ出版流通の一手扱いの書籍はほとんど選択されていなかった。基本的な専門書を揃えた『人文書販売の手引き』であったが,掲載図書は選定事業では意外と選ばれず,出版社が選んでほしい図書と選定者が選びたい図書のミスマッチが見られた。中でも42点掲載されている岩波書店の図書はJLAでは0点,LAFでは1点の選定に留まり,先の選定率と異なる結果が出た。その一方で,大半の本が選ばれる出版社も存在した。児童書については,両選定事業とも,学齢前対象書籍はあまり選定されず,JLAでは小学校高学年と中学生向けが,LAFでは小学校中学年~中学生向けが選ばれやすい傾向が出た。医学書については2017年1月段階の『医学書総目録』の掲載図書は,JLAでは127点,LAFでは51点とそれ程多くはなく,両者とも基礎医学関連の図書が多く選ばれていた。
6.結論
選定されたものを全体から眺めると,結果的に出版傾向と異なる特定分野や特定出版社への偏向や,事前準備を行う取次との取引がなければ,全く選定されない中小取次扱い書籍もあり,公正とは言えない部分も見られた。個々の図書館ではその偏向を蔵書構成として特徴付けるが,大規模選定事業では偏向が生じないように細心の注意を払うべきである。選定自体は,日々発行される図書現物あるいは出版情報1点1点を吟味し公明正大(公平)に行われたものであるが,選定後の全体の振り返りはやはり必要であろう。