司会: 中川裕美(岐阜聖徳学園大学)
問題提起者・討論者: 山中智省(目白大学)、村木美紀(同志社女子大学)
本WSでは、参加者20人で活発な議論が行われた。参加者からは、「定義としてのライトノベルの細分化は、研究をする上でどのような影響があるか?」、「ライトノベルの再定義の動きは、主に内部/外部どちらの側からだったのか?」、「SNSとライトノベルの普及の関連性についてどう考えるか?」などの質問がなされた。各報告の要旨は下記の通りである。
山中報告では、著書『ライトノベルよ、どこへいく 一九八〇年代からゼロ年代まで』(青弓社、2010年)の内容と、著書刊行後に行った追加調査の結果をもとに、1980年代から現在までに「ライトノベル」という名称が、どのような過程を経て誕生・浸透・拡散したのかを確認した。「ライトノベル」と呼称される小説群の起源は諸説あるが、1980年代後半には現在と同様の形式が確立したと考えられる。そして1990年頃には読者からの提案により、パソコン通信の世界で「ライトノベル」の名称が誕生したとされる。その後、この名称は一部読者の間でのみ流通していたが、「次世代」「新世代」の作家や作品、あるいは新しい文芸ムーブメントの担い手を指す名称として注目を集め始め、2000年代中頃のブームを契機に浸透・拡散が進んでいった。
しかし2000年代後半以降、読者と市場の更なる拡大を目指す出版社は、マンガ・アニメ風のイラストを用いない装丁で既刊を再出版するなど、「ライトノベル」の名称が持つ既存のイメージ(=特定読者(オタク)向けの小説)を取り払うかのような販売手法を採り始める。一方で、ライトノベル的なパッケージ商法の広がりや、それに対して抵抗感を持たない「大人」読者の登場を受け、新たに「ライト文芸」の台頭が目立ち始めた。さらに、WEB発の「ボカロ小説」「WEB小説」「なろう系」等が人気を博すなど、若年層向けエンターテインメント小説をめぐる状況は、いっそう複雑な様相を呈していく。こうしたなか、ジャンルの定義や境界線は曖昧化し、「何が「ライトノベル」なのか?」の判断にも混乱が生じるようになってきている。
本報告では以上を明らかにしたうえで、「ライトノベル」という名称の浸透・拡散が進んだ現在、その呼称対象を検討するには、まず既存の小説群を細分化して捉える必要があるとの問題提起を行った。また「何が「ライトノベル」なのか?」を判断する際、今や「マンガ・アニメ風のイラストの有無」を基準とするだけでは限界があり、今後は「読者層」「レーベル」「判型」「作品の出自」等に比重を置くことが求められるとの見解を提示した。
続く村木報告では、図書館におけるライトノベルの取り扱いや読書材としての議論に注目した。
まず、図書館での現状を明らかにするため、半田の研究(1987年)、大阪市立中央図書館の報告(1981年)、目黒本町図書館の報告(1988年)、朝霞市立図書館の報告(1991年)、文京区内の都立高校の高校生を対象とした読書調査(1998年)を概観した。
ライトノベルについては、しばしば大人から嫌われ、攻撃対象となっている。山無し、オチ無し、意味無し―つまり読むに値しない「やおい本」であると揶揄されたり、下1/3をカットしても成立するくらい文字が少ない、会話文だけで成り立っていて気持ち悪いとまで言われる始末である。
そこで、ライトノベルに対する意識も追ってみた。大江(2013年)は、ライトノベルを特有のメディアであると認識し、「ラノベの特色による読み方」があるとしている。一定の定義や内容についても提示しており興味深い。同年に『子どもと読書』で実施された「ライトノベルのアンケート」では、学校図書館の蔵書では定着したジャンルであるという意見もある一方で、「表紙や挿絵の品のなさ、内容の「ついていけなさ」、それだけにハマってしまう生徒への心配(保護者の立場からも)」や、利用度はかなり高いものの「ライトノベルだけを目当てに生徒が図書館へ来る悲惨な状況」があるとしており、現状を危惧する声も見られる。「学校読書調査2014年」の山田は「読まないだけでなく、読む作品の質の低下も問題視したい。ライトノベルばかり読んでいては、読書力を高めることはできない。」とも述べており、好意的な意見はなかなか見られない。図書館や学校の現状からは、ライトノベルの認識が曖昧であり、その人気への戸惑いが伺えることが明らかになっている。
以上、2名の報告によってライトノベルの歴史を確認し、ライトノベルやそれらを取り巻く混沌とした状況を整理した。さらに参加者との質疑応答を重ねるなかで、「ライトノベルのリテラシー」をめぐる議論の重要性が浮き彫りとなった。ライトノベルは特有のメディアであるとしつつも、その「リテラシー」については未だ確立されているとは言い難い。ライトノベルを再定義するには今後、「リテラシー」の検証も一助になると考えられる。
(文責:山中智省)