司会者・問題提起者:清水一彦(江戸川大学メディアコミュニケーション学部)
討論者:川井良介(東京経済大学コミュニケーション学部)
富川淳子(跡見学園女子大学文学部)
出版教育の現場では、どのようなシラバスでなにを教育し、どうやって成果を評価するのか、また、出版業界との連携はありうるのか、そもそも学生・業界・社会のニーズはなんなのかと課題が山積している。出版学会は、出版教育についての指針や枠組みを提示すると同時に、大学や研究機関と出版業界を橋渡しすることができるはずではないか。それは学会の社会的存在意義のひとつではないか。本ワークショップではこのような観点から、出版教育のあり方を多面的に討論した。出席者は36人。およそ三分の一が、編集、出版ビジネス、印刷などなんらかのかたちで出版実務の経験者だった。
まず、『anan』など複数の雑誌編集長を経験した富川会員から跡見学園女子大学でのシラバスと実習の紹介があった。座学にかんしては、出版学の研究対象となることがすくないファッション誌を授業の対象とする斬新な試みをしている。実習では、学生数を意図的に絞ったうえで、1年間をかけてカルチャー誌『Visions』(A4全四色20p)を学生に作らせていることが語られた。撮影、デザイン、印刷などはプロフェッショナルと仕事をする。学生に「本物」を知ってもらうためだ。富川会員の前職での人脈が活かされている。年間100万円の予算は大学から確保しているとのこと。
川井会員からは東京経済大学でのシラバスの紹介があった。川井会員は座学が中心である。メディア制作ワークショップはほかの教員が担当している。半期15回の出版論ではメディアとしての出版の概論をする。講義にあたって目指すところは「良き市民」をつくることである。最近では、学生からの要望で著作権、生産工程、電子出版の解説にも力をいれている。また、教科書の使用も学生からの要望に添うものである。特色のある科目として、インターンシップの講義がある。毎年5名弱が希望し、おもに大学OBが経営する出版社に協力をあおぎ、学生を送り込んでいる。東京女子大学での講義では、学生の発案でリアクションペーパーを実施している。成績には反映させないとの前提にもかかわらず、半数以上の回答があり、学生の学習意欲、問題意識の高さを実感しているという。
お二人の報告のあと、会場から多様な観点から切実な発言があいついだ。以下、論点のいくつかを記す。
・学部レベルでの出版教育について
実習担当をしている教員からも、出版物をつくることは技術を習得することが主な目的というより、出版行為をより深く理解し、制作過程で社会性を養う、いわば知識と人間教育の両立を目指すものとの認識が多く示された。出版は、IT技術のように大学での技術教育がそのまま実務と直結する分野ではない。カメラマンやデザイナーなどのプロを育てるのも目的ではない。技術自体は数年で陳腐化するものもおおい。むしろ言論法、ジャーナリズム論などをがっちりと教育するという実例も報告された。さらには就活のためでもない、大学教育という枠のなかでなすべきことは、出版を教材として学生を社会人に育てることだとの発言が聞かれた。いっぽうでは大学側から、評価基準があやふやなまま出版学を講義することの結果を求められているとの発言もあった。また、出版教育と社会貢献という新たな観点からの指摘もあった。大学という枠を離れるが、実務教育を主とする日本エディタースクールの盛衰についての報告もあった。
・大学院レベルでの教育について
実務経験者から大学院で学ぶ経緯が経験論として語られた。日常実務に埋没するだけでなく自分自身を教育したかった。学問的背景がないと出版について説得力をもって語れない。ハウスルールがおおい出版業界を俯瞰して出版を論考するには、大学院で教育を受けることが重要であったという。また、経営学の大学院で出版を岡目八目で体系的に研究することも、その後の教員キャリアに役だったとの発言もあった。
・出版業務の標準化とその教育について
ワークフローの標準化教育にたいして問題提起がなされた。これについては、賛否がわかれた。生産工程での標準化が求められているとの指摘があるいっぽう、生産工程を含めて出版行為の主体ごとに個別化されていることに出版文化の特質があるとの見解も示された。今後の検討課題であろう。
・実務から研究者への要望
産業として転換点にあることから、流通の課題解決、紙とデジタルでの出版コンテンツの住み分け、オンデマンド出版など実務にかかわるあらたな分野での活発な研究が求められた。
もとよりワークショップなので何らかの課題に結論を出すというわけではない。だが、ワークショップをとおして会員間の問題意識の洗い出しと共有化、そして今後の課題解決への糸口が見えてきたことは収穫であった。
(文責:清水一彦)