司会者:植村八潮(専修大学)
問題提起者:
野口武悟(専修大学)
成松一郎(読書工房・専修大学)
村上卓也(視覚障がい者ライフサポート機構“viwa”)
岡山将也(日立コンサルティング)
植村八潮 (専修大学)
初めての研究大会企画となったワークショップの一つとして,「出版物のアクセシビリティ」を提案し,当日の司会を務めることとなった。
この背景には,2016年4月から差別解消法が施行されることで,国公立機関(図書館を含む)には「合理的配慮」の提供が義務化され,民間組織には努力義務が求められたことがある。この場合の民間組織には出版社が含まれ,「読むこと」に合理的な配慮を求められている図書館とともに,どのような読書環境を築いていくのかが問われている。そこでワークショップを企画するにあたって,出版物がすべての人にアクセシブルな存在となるために,従来の印刷出版物がどのような対応をしてきたのかを振り返り,電子書籍の可能性を議論することとした。
副題の「出版の立場から議論する」とは,アクセシビリティを福祉モデル(法律の対応,国家予算あるいはボランティアによる解決)ではなく,出版活動として広くとらえ直そうという意味を含んでいる。出版物のアクセシビリティを確保するために,どのような課題があるのか,課題発見と解決のために出版研究がどのように貢献できるのか,さらには参加者が研究のためのヒントを見つけることが狙いでもあった。
問題提起者として,野口武悟会員が総論的提起を行い,ゲストとしてお呼びした成松一郎さんが大活字本など印刷出版物の現状の対応について,村上卓也さんは,主にロービジョン(弱視者)当事者の立場から出版物の利用についてコメントし,岡山将也さんは,音声合成や音声読み上げツール開発に携わる立場から技術的課題について問題点を指摘した。
以下,各提起者の発言を中心にまとめる。
視覚障害者に対する印刷出版は数が限られ,コストも高く,その結果あまり普及していない。視覚障害のみならず発達障害など様々で,さらに,弱視やPD(プリントディスアビリティー)など,その症状も多岐にわたる。それを出来るだけカバー出来るシステムの開発と普及が求められる。
PDに対応した書籍として点字本,大活字本,オーディオブック,LLBOOKなどがある。また,障害者教育の教本などを含め毎年かなりの量が出版されている。しかし,これらの機能を有した書籍はコストが高く,その需要の低さから出版社の取り組みが消極的であるため,冊数や種類が少なく希望の書籍が手に入らない事も多い。
この対応をはかる場として図書館がある。著作権法37条3項に視覚障害者のための複製を図書館やその他限られた公共団体のみ認める法律があり,図書館はその最前線にある。図書館には書籍に対する特権が与えられているのである。だが,本の複製はボランティアがベースであり,作成の費用の高さから25%の図書館しか複製を行っていない。
ボランティアも図書館協力者という認可が必要であるため,人数は限られてくる。さらに,そのボランティアも高齢化が進み,質が低下し,縮小傾向になることが予想されている。
このような現状で,期待されているのが電子書籍である。デジタルならではの文字の拡大や反転機能,音声読み上げなど今まで得るのが難しかった書籍を端末さえ持てば容易に手に入るようになった。しかし,電子書籍もコンテンツやビューワー,端末により機能がばらばらで操作性(ジェスチャー)も異なっている。電子書籍も課題は山積みである。
今後の課題としては,次の2点が指摘された。
・アクセシビリティを約束するにはどうすればよいのか
・アクセシビリティを促進するにはどうすればよいのか
この一例として,視野が狭いロービジョン者が本棚から,どのような方法で本をみつけるのか。文字の反転,拡大,さらには音声読み上げ機能などは充実していても,好みの本を探し出すという読書をする以前の問題から考える必要がある。
さらに,デジタルディスレクシアの人についての問題も視野にいれるべきである。このようにアクセシビリティを求めている人たちの個々の状態に適した読書環境を整えることで,いっそうのアクセシビリティの充実を図ることができる。
著作権法37条3項の権利制限規定を,図書館以外にも広げる法改正やコンテンツやストアを統一した電子書籍などの開発,普及が解決策として考えられる。だが,著作権法の改正は,権利者の権利制限である以上,権利者や出版社の理解なくして行うことはできない。今後の継続した議論が期待されるテーマである。