田北康成
(立教大学社会学部助教)
1.はじめに
知的財産権は,対象となる作品や製品の産出にかかった経費を賄うほか,創出行為への将来投資につながるなど,権利者および管理者・事業者の経費を賄い,創作意欲にインセンティブをもたらすという点で,保護が重要であり,これらを「国家」が制度化し,保障してきた。その重要性はもちろんであるが,知的財産の価値をよりいっそう高めるのは,将来のユーザーを含む利用者の存在とその利用行為にある。
しかし,知的財産権制度の設計・運用および紛争処理の実際は,現在・近未来の権利者等の保護を主眼としていることが多く,それを前提とした議論や制度設計,紛争解決,判例解釈,研究がなされてきた。そのため,本報告では,ユーザーの利便性向上(ユーザビリティー)の視点から,電子出版にかかる各種サービスの提供行為の実態および利用規約の分析を行い,得られた結果をもとに知的財産権におけるもう一方の当事者についての一視野を導き出すことを目的とした。
2.本報告の射程と研究方法
電子書籍データの利用・販売において,サービス提供事業者のいうルールに「合意」しない限り,ユーザーはサービスを享受できない。この点でパッケージ型のメディアとは利用の概念が異なる。そこで,本報告では,2014年4月現在,日本国内でサービスを享受しうる,主な電子書籍端末およびスマートフォンやPCでの書籍販売等の19サービスについて,ユーザビリティの観点から事業者の利用規約,販売方針等を分析した。また,必要な範囲で国際関係にも着目し,ユーザー側からの異議申立および紛争解決の制度的な分析を行った。
3.分析結果から得られた知見
書籍の「所有」は財産権の立場から「国家」により保障されてきた。インターネット,電子書籍は,技術・思想上,「国家」および「属地性」から解放されたはずであるが,ユーザー(消費者)保護・保障者としての立場から統治機関が必要になるという逆説的現象が生じている。それというのも,2009年に,ジョージ・オーウェル作品がKindle端末から突然消えたように,意図しない強制的な事業者の権利行使で,不利益変更がなされたユーザーの保護,紛争解決が必要になるからである。
今回の分析対象中,情報およびサービス利用に関して,主に以下のケースで事業者とユーザーの非対称的な関係がみられた。
(1)倒産および事業変更,譲渡等,事業者側の都合により,サービスの提供制限・停止を受けるもの,(2)第三者の権利侵害(差別助長,名誉毀損,プライバシー侵害,肖像権侵害,知的財産権侵害など)の被害拡大を防止する場合,(3)サービス内容の提供者,知的財産権の権利者側の提供行為に問題がある場合,(4)事業者の過失等により,顧客および管理データが消失した場合,(5)ユーザー側の利用行為が,利用規約,販売規約等に反する行為と見なされた,もしくはそれが疑われる場合,等により利用停止・退会,登録抹消が規定されており,事業者側の判断により実施できるケースが多く想定されている,ことなどである。
これらについて,ユーザーは異議申立ができるものの,その解決プロセスの説明はされていない。また,制度上の合理性はあるものの,国内外事業者のいずれも遠距離ユーザーに不便な方法であり,事案によっては国際的な取り扱いがなされるケースがあり,これまでの「属地」主義では解決できないことが想定された。
このほか,視覚・聴覚障害者等の利用に関しては別途議論が進められているものの,私的使用のための複製や図書館等における複製,引用に加え,学術・学校教育,報道・裁判のための利用等において,これらを一切排除,もしくは,大幅に制限する規定等が定められている。さらに,権利保護期間が経過した分野についてもほぼ無制限の囲い込みがなされており,権利者等と(将来の文化資産的利用を含む)ユーザーの非対称性の拡大をみることができる。
4.結論
本研究の結果,電子書籍の利用取引では事業者側の保護が強く,ユーザビリティの利便性の欠如が大きいことが判明した。デジタル化により,知的財産の保護規定が設定されることは必然と言えるが,権利者と利用者を仲立ちする事業者の事前回避,自己防衛的で,ユーザーの利用行為に強く責任を負わせる規定作りになっている。そのため,知的財産の利用自体を阻害することで知的財産の価値に大きな影響が出ることが予想される。また,国際的事業者とユーザーにとって,サービス受益上の問題発生についての対処方法が限られていることも問題であり,この点で,財産権の保障主体から,消費者保護のために,グローバル時代のエリア・エージェントとしての「国家」の存在が予見される。