電子出版の全盛時代にも成長していく出版社の戦略  主藤孝司 (2012年5月 春季研究発表会)

■ 電子出版の全盛時代にも成長していく出版社の戦略
 ――出版社のノウハウとブランド活用を自費出版に学ぶ
 (2012年5月 春季研究発表会)

主藤孝司

 今回は電子出版全盛時代に出版社が生き残る戦略の検討を研究目的とした。結論は「出版社自身の潜在資産の活用」。ここでの潜在資産は「出版社の知的財産」である。
 今回の発表は次の3点に基づいて行った。
1.出版社は自身の知財((1)出版関連ノウハウ(2)流通分野ブランド力(3)顧客分野ブランド力)に気づいているか,或いは顕在化できているか?
2.それら知財の経済的価値(価格)の算定について
3.それらへの具体的な課金方法とビジネスモデル(収益モデル)の変革
 以下,紙面の都合により発表時の予稿集の3分の1以下しか本紙面では記載できないことをお断りの上,断片的ではあるが今回の発表の概要をここに示す。

 出版社が持っている知的財産は次の3つである。
1.過去に蓄積してきた企画,編集,デザインなどの「出版関連ノウハウ」。
2.過去に蓄積してきた書店や取次などに対する「書籍流通分野におけるブランド」。
3.読者やマスコミ,世の中全体に対する「顧客分野におけるブランド」。
 商業出版では出版を行うたびにこの3つを知らず知らずのうちに必ず利用・活用している。或いはこれら知的財産を著者に無償提供し「消耗している」とも言える。その為,これら知的財産への理解が急務である。表1を見ていただければわかるように,出版関連ノウハウやブランドがある出版社ほど1冊の出版で無意識に消耗している知的財産の総額は大きくなっていく。
 後述の表2にある自費出版にかかるコスト項目も商業出版の場合と同じであり,違いは自費出版は著者が顧客となり著者が出版社にお金を支払う点であるといえる。自費出版の費用は有名出版社からの場合総額は1000万円を超える一方,小規模出版社の場合400万~700万円ほどとなっている。この自費出版と商業出版の金額の差こそが出版社が持っている知的財産の価値である。
 3つの知財がもたらす超過収益力による収益は自費出版のコスト構造を示す表2でも示される。
 「出版関連ノウハウ」は出版社が持つ企画力や編集力,デザイン力である。また著者獲得能力や提案力,外注先との関係や経営陣や社員の人脈,さらには人材獲得ノウハウや人事制度もこういったノウハウの源泉になっている。
 「流通分野におけるブランド」は,書店の棚を押さえ,有利な配本,掛け率,陳列やキャンペーンの展開を実施できる力を書店や取次に対して有しているかどうかを図るものである。書店や取次との信頼関係とそれに基づく影響力があるからこそ可能となる。それは企業ブランドでもある。
 「顧客分野におけるブランド」は,これまでにその出版社が投資してきた各種の認知度向上策(広告やCM,PRなど)や販売促進策(書店回り営業やイベント,キャンペーン,POPやポスターの制作など)によって蓄積,構築され,作り上げられている消費者にとって好意的な出版社の知名度やイメージに基づく影響力である。一般的にそれは「人気」と言われるものであり,マスコミとのコネクションや読者や社会全体への認知度やそれらへの影響力も含まれる。出版社名から想起される好意的なイメージや知名度によって書籍の浸透度,認知度が変わってくるためそれは書籍の販売にも影響を与える。この力こそが出版社が持っている顧客分野へのブランドだといえる。
 今後急増していく「自己出版者(社)」なる著者自身が出版者(社)となり書籍を出版していく新しい形態では既存出版社が有している3つの知的財産を彼らが得ることは不可能である。その為それらの提供は出版社の新しいビジネスとなる。

 出版社は知財をどのように現金化していくか。それは「コンサルティング料」と「逆印税」の2つである。「コンサルティング料」は自社の出版ノウハウやブランドに基づいたコンサルティングを実施することで発生する課金である。実施する対象は,新しく出版社になる著者本人。「逆印税」は出版社が著者に支払う「印税」の逆バージョンと考えることができ「著者が出版社に書籍の販売部数に応じてブランド使用料やノウハウ使用料を支払う」という課金方法である。こういった課金は他の業界では一般化されており新しいものではない。ただ長期間保護状態にあった出版界では画期的なモデルに見える。現在起こっている変化は出版界外の勢力による技術革新を伴う変化である。出版界がこれまで培ってきたノウハウやブランドに問題が発生したために起こっている変化ではない。ならば各出版社が持っているそれら知財を正しく価値算定し,ビジネスとしていくことが出版社の現実的な変化対応策となる。今回の研究発表ではその一端が顕在化している自費出版市場を取り上げその答えを解りやすく伝える試みを行った。尚,未来の出版業界を先行して実現している同人誌出版を今後の研究対象に含めていく必要があることを最後に付加する。