ナチス時代のドイツ図書館  佐藤隆司 (2012年5月 春季研究発表会)

■ ナチス時代のドイツ図書館
 (2012年5月 春季研究発表会)

佐藤隆司

 学会では「ナチス時代のドイツ図書館――12人の図書館長を例として」として発表した。そこではナチスに協力した図書館長や,それに同調しなかった人が見られたのであるが,ここでは紙数の関係で,ナチスに同調しなかった人の例をあげて見ることにする。

1)Heinrich Uhlendahl(1886-1954)
 ライプチッヒのドイッチェビュッヘライの館長。宣伝省の「ドイツ国内で禁止された本,亡命者の書いた本,ボルシェヴィキの本はドイツ人が書いたものでもドイツの本とは認めない」という方針に折り合わなかった。宣伝省と忍耐強い交渉の末,1939年8月29日,『封鎖された本のリスト』というものを月刊で発行することにした。またフランス,イギリスの翻訳本のリストも同じく発行することにした。こうして国内文献を収集し目録を発行するという国立図書館の論理を貫徹しようとした。

2)Hugo Andres Kruss(1879-1945)
 1925年からプロイセン国立図書館長,同年Deutscher Volksparteiに入党し1940年ナチス党入党。外国語堪能で妻がアメリカ出身であることもあって,この時代にあって国際的知遇を持っていた。戦時下のフランスに入り,現地司令官と交渉し,「西部戦争地域における図書館と蔵書の保護委員会」というものを作り,フランスの図書館とその蔵書を守ることに貢献した。また,ユダヤ人図書館員の保護にあたった。1934年5月10日には“Deutsche Freiheitsbibliothek in Paris”を開館した。そこでは1933年ドイツで焼かれた本の副本を集めた。この時代にあってオックスフォード大学から名誉教授の称号を受けている。彼はナチス党員であったが,図書館の論理を貫いた。

3)Georg Ley(1879-1968)
 チュービンゲン大学図書館長。図書館雑誌“Zentralblatt fur Bibliothekswesen”の編集長(1927-1944)。ドイツ図書館協会の会長(1933-1937)。彼はナチズムからは完全に離れていた。ある調査によるとドイツの代表的歴史学雑誌である“Historische Zeitschrift”が当時の339論文中約3分の1がナチス傾向的であったのに対し,彼の編集下にあった“Zentralblatt”は397論文中19が傾向的であったにすぎないといわれる。また,当局は,外国のニュースや戦時下の図書館の被害状況を載せることを嫌ったにもかかわらず彼は載せている。図書館協会会長中,ユダヤ人メンバーの誕生日に協会名でお祝いを述べるのをやめなかった。ここにも図書館人の論理を守った人の例を見ることが出来る。

4)Albert Fredeek(1883-1956)
 ベルリン工科大学図書館長。党員である館員が,彼の同僚の1人でロシア出身の人が,ハーケンクロイツの漫画を持っているということを理由に挙げて,彼を排除せよと迫っても応じなかった。その館員はさらにゲシュタポに密告したが,彼は姿勢を変えなかった。この例はこの時代密告スパイが日常的に行われていた例の1つと見ることが出来よう。

5)Georg Reismuller(1882-1936)
 バイエルン国立図書館長。館長室に貸出票に記入しないで本を保管していた。彼が平和主義,ポルノ,反国家社会主義の本を隠していると密告された。裁判にかけられそうになったが,その前に病気で死亡した。

6)Carl Walter(1877-1960)
 アーヘン工科大学図書館長。人知学会会員と親しく,同学会で講演したとして密告され,職を追われた。
 もう少し例を見ておこう。フライブルクのBibliothek des Caritasverbandesの館長Heinrich Auerは「ヒットラーくたばれ,ドイツよ目を覚ませ」というスローガンを唱えたとしてゲシュタポに逮捕されダッハウの強制収容所に送られた。
 ライプチッヒ大学の図書館長Johannes Wartensは同僚にはがきを出した際,“Heil Hi-Hi-Hi”と書いた。

 これらの事は,次の本によっている。
 Hans Gerd Happel,“Das wissenschaftliche Bibliothekswesen im Nationalsozialismus : unter besonderer Berucksichtigung der Universitatsbibliotheken”Munchen,K.G. Saur, 1989.
 20数年前に出た本であるが,ここに書かれた少し驚くべきことは,わが国ではほとんど知られていないようであるので,報告する次第である。