■公共図書館における電子書籍の利活用と出版業界
(2011年5月 春季研究発表会)
湯浅俊彦
1.「図書館資料」とはなにか
図書館における利用者サービスの基本となるのは,その図書館が所蔵する資料である。「図書館法」では2008年6月11日の一部改正により「電磁的記録(電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。)」という文言が加えられた。これによって従来の「図書館資料」の概念が改められた。
2008年6月11日 法律第59号
郷土資料,地方行政資料,美術品,レコード及びフィルムの収集にも十分留意して,図書,記録,視聴覚教育の資料その他必要な資料(電磁的記録(電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。)を含む。以下,「図書館資料」という。)を収集し,一般公衆の利用に供すること。
この図書館法の一部改正にあたって銭谷眞美・文部科学事務次官(当時)によって出された「社会教育法等の一部を改正する法律等の施行について(平成20年6月11日 各都道府県教育委員会等あて 文部科学事務次官通知)」では,次のように解説している(注1)。
「電磁的記録」とは,具体的には,音楽,絵画,映像等をCDやDVD等の媒体で記録した資料や,図書館であれば市場動向や統計情報等のデータ等が想定される。従来もこれらの資料の収集・提供が排除されていたわけではないが,今後こうした資料の収集・提供又は展示が重要さを増すと考えられることから今回明示的に規定したものであること。なお,図書館資料における電磁的記録については,図書館法第17条の規定に関し,従前の取扱を変更するものではないこと。
この通知文書でいう「図書館法第17条の規定」とは,図書館法の「第17条 公立図書館は,入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない」を指す。すなわち「図書館資料」に「電磁的記録」を加えても,従来からの「公立図書館の無料原則」は変更しないとわざわざ解説しているのである。
しかし,ここに大きな問題がある。すなわち,「電磁的記録」がここではCDやDVD等のパッケージ系電子資料と,「市場動向や統計情報等のデータ等」と解説されているが,今日の「電子資料」の代表格である電子書籍や電子ジャーナル・デジタル雑誌,あるいはネットワーク情報資源については,国立国会図書館の電子図書館事業や機関リポジトリなどを除いて,そのコンテンツが格納されたサーバは図書館内部ではなく外部に存在し,その外部サーバにアクセスする方式をとるものが多い。
それではこのような形態のものは「図書館資料」とは呼べないのだろうか。公立図書館においては「図書館資料」であれば利用者から対価を徴収することはできないが,「図書館資料」でなければ料金を課すことも可能という解釈になるのではないか。このような新たな論点が図書館政策をめぐって出現しているのである。
2.図書館における電子書籍利活用のための利害調整
アマゾン「Kindle Store」,アップル「iBookstore」,グーグルの「Google eBookstore」など米国発の企業による電子書籍流通のプラットフォームが世界的規模での展開をめざし,日本国内でも出版社グループ,大手印刷会社,通信キャリア,電子書籍メーカーなどが次々と新たな電子書籍事業を発表し,まさに合従連衡が進行したのが2010年のいわゆる「電子書籍元年」であった。
2010年3月,経済産業省,総務省,文部科学省による「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」(三省懇)が設置され,6月には報告が取りまとめられた。
これを受けて文部科学省として取り組むべき具体的な施策の実現に向け2010年12月,「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議」が「デジタル・ネットワーク社会における図書館と公共サービスの在り方」を検討事項のトップに掲げて設置された。つまり電子出版ビジネスと公共図書館サービスの共存を図り,著作権者の利益を保護しつつ,国民に対する「知のインフラ」の環境整備をどのように行っていくかが課題となっている。
また文化庁の動きとほぼ平行並行して,内閣府の知的財産戦略本部のコンテンツ強化専門調査会では,国立国会図書館の1968年刊行までのデジタル化資料の公共図書館への送信について検討し,その結論は2011年5月~6月に決定される「知財計画2011」に反映される予定になっている。
1点1点の電子書籍の購入という,いわば紙の本の延長線上に考えられてきた電子書籍の流通は,いまやクラウド型の出版コンテンツデータベースへのアクセス権の販売へとその様相を変化させてきた。図書館にとっては所蔵を前提とした図書館資料から,アクセス権を購入する「図書館情報資源」のひとつへと変貌しつつあるということである。
そうすると知の拡大再生産の観点からは図書館での利用が活発化し,そこから紙媒体の出版物や電子書籍の購買へと循環することが望ましい。著作は購買されたかどうかではなく利用されることによって価値が生じ,次の文化的創造へと進展するのであるが,著作権者や出版者の再生産活動を持続的に発展させることが重要だからである。そのためには今後,国立国会図書館が所蔵する資料をテキストデータ化し,「電子納本制度」によって収集したオンライン資料と併せて国民に提供できるようにすることが急務であろう。国立国会図書館から公共図書館への電子書籍の提供のためには「公衆送信権の権利制限」など必要な措置が講じられなければならないが,ただしそのためには権利者との調整によってさまざまな条件を付けることが必要となってくる。
図書館での利用によって著作権者や出版者の出版活動が阻害されないようにするといった消極的な対応ではなく,出版コンテンツを誰も利用できるような積極的な施策が講じられなければならない。例えば出版社へのデジタルコンテンツの電子「納本」時の税制優遇制度の導入,電子「公貸権」制度の創設など具体的な制度を早急に検討する必要があろう。
(注1)文部科学省「社会教育法等の一部を改正する法律等の施行について(平成20年6月11日 各都道府県教育委員会等あて 文部科学事務次官通知)」http://www.mext.go.jp/a_menu/01_l/08052911/1279324.htm(引用日:2011-04-14)