■ 「デジタル雑誌」メディアの一考察――「デジタルでページをめくる」という視点からの研究
(2009年5月 春季研究発表会)
梶原治樹
「デジタル雑誌」とは紙の雑誌のようなレイアウト,構成を行い,モニター上でページをめくる感覚で読み進めることができる媒体を指す。数々の取り組みが行われているが,本稿執筆時点でもなお,市場を形成するほどの普及には至っていない。
春季研究発表会においては,「デジタル雑誌」市場の現状を解説するとともに,その市場が成長しない要因を「ユーザが読みにくいと感じている」点にあるとした。そして,その読みにくさの理由を,紙の雑誌と主にパソコン上で展開するデジタル雑誌との比較を行うことで,大きく二つの要因に分けられると発表した。
その一つが,紙の雑誌のレイアウトをそのままパソコンモニターに置き換えたときの読みにくさにある。モニターの解像度は印刷物に比べて著しく低く,読みたい部分を拡大表示し,上下左右に視点を移さなければならない。Webメディアのほとんどが横書きで上から下にスクロールしながら読む構成に一般化しているのとは対照的で,読者にとって不慣れな操作を強いることになっている。
もう一つの理由は,雑誌というパッケージメディアの特性にある。紙の雑誌は,世の中にある多数の情報を編集者の視点によって選択・加工してパッケージ化しており,情報の重要度や読む順番などはすべてレイアウトという形によって規定されている。しかし,Webメディアの場合は検索エンジン経由で目的のページに直接たどり着くことが可能であり,さらにはハイパーリンクによって他のページ,サービスに自由に飛んで行くことができる。デジタル雑誌とは紙の雑誌の情報整理の文法をデジタルメディアの中に配置したものであり,パソコンで読むWebメディアに馴れた読者は使いづらさを感じてしまうことになるだろう。
ただし,この「読みにくさ」はデバイスの発展により大きく改善される可能性がある,という仮説を発表の最後に付け加えた。その一例として産経新聞によるiPhoneの紙面無料公開を上げ,携帯性が高く,ページめくりや拡大・縮小などの動作がスムーズな端末が出てくれば,デジタル雑誌にも改めて注目が集まるのではないかと思われる。
発表後,会場からの質問で最も印象的であったのは「『読みやすさと読みにくさ』の基準をどう定量的に測るのか」というものであった。確かに読みにくさとは感覚的なものであり,今後はどのような形で客観的なデータとして示すことができるのかが課題である。
なお,本発表が行われた後も,新たなサービスや取り組みが次々と現れている。電子雑誌閲覧デバイスの一つとして注目されているiPhoneをプラットフォームとし,電通が雑誌の電子書店「MAGASTORE」をスタートさせると発表した。また,社団法人日本雑誌協会は雑誌コンテンツのデジタル化や権利処理の統一化,共通プラットフォーム整備,ポータルサイトの設立等を業界横断的に行うことを目的としたコンソーシアムの設立を決め,出版業界内外から多くの参加企業を集めている。筆者も本会の委員として,実証実験等に参加しており,今後も,実業と研究の両面から引き続き,デジタル雑誌,並びに雑誌コンテンツのデジタル化に向き合っていきたい。
(初出誌:『出版学会会報125号』2009年10月)