■ 音声訳と出版物との関わりを考える
――びぶりおネットを視点として (2009年5月 春季研究発表会)
近藤友子
視覚障害者にとって印刷された墨字資料から情報を入手するためには,点字もしくは音声訳された資料の利用が必要である。音声訳とは墨字資料を音(声)によって変換して利用するものであるが,音声訳の資料は視覚障害者だけでなく,だれでもが利用ができるものである。しかし出版物の音訳化については,著作権などに関わる点が問題とされる。
近年「びぶりおネット」と呼ばれる音声訳のネットワークがインターネット上で活用されだしてきた。本研究では「びぶりおネット」を視点として視覚障害者サービスにおいて利用されている音声訳資料について,音声訳と出版物との関わりを考えていくことを目的とした。
視覚障害者は情報入手するためには点字の資料か,音声訳の資料を利用する。点字は点訳者に,音声訳は音訳者によって変換される。資料の変換にあたっての手間や時間がかかる点などから,視覚障害者はときに「情報弱者」と呼ばれることがある。
点字は触覚を利用して点字を読むことで情報入手を行うが,だれでもが利用可能な資料とはいいがたい。しかし音声訳された資料は比較的だれでも利用できるものであり,視覚障害者のみならず晴眼者や高齢者にとっても手軽に利用しやすい。
しかし音訳化する場合には著者へ許諾をとる必要があるなど,音声訳による録音図書の製作にあたってはいろいろな問題が存在する。音訳者は録音図書を製作できる読み上げの技術や,機器の利用ができるなど,求められる技術的な要因は大きい。
日本図書館協会の障害者サービス委員会は2005年に図書館における協力者として,音訳者などについて提言したガイドラインを作成し,WEB上に内容を掲載している。このガイドラインは『公共図書館の障害者サービスにおける資料の変換に係わる図書館協力者導入のためのガイドライン―図書館と対面朗読者,点訳・音訳等の資料製作者との関係』というものである。公共図書館における音訳者は,視覚障害者サービスを支える図書館協力者であるとしている。また視覚障害者がいつでも利用できるように,図書館協力者の人員確保の努力が図書館側にも必要であると提言している。音訳者は,墨字資料と視覚障害者を繋ぎ,情報を提供する役目を持つものと考えるが,近年ではコンピュータの音声による読み上げシステムなども情報と視覚障害者を繋げるものとなっている。
「びぶりおネット」(Daisy contents delivery project by the broadband network)とは「点字・録音図書ネットワーク配信システム」であり,東京の日本点字図書館と大阪の日本ライトハウス盲人情報文化センターが中心となって平成16年4月に共同で開始した利用者サービス事業で,視覚障害者がインターネットを利用してコンテンツサーバにあるデジタル情報を利用でき,自身の端末(コンピュータ)から図書の検索を行うことが可能となっている。
またDAISY方式で製作された資料がこのネットワーク上で利用できる。DAISY(デイジー:Digital Accessible Information System)とは音声やテキスト,画像などのマルチメディア資料の国際標準規格の名称である。デジタル録音図書等作成のための国際的な標準規格として作り出されてきたものである。「びぶりおネット」はデイジーで製作されたデジタル資料をインターネット上で利用している。
「びぶりおネット」は日本点字図書館と日本ライトハウスが中心となって進めている事業であり,この二つの機関で製作されてきたデジタル録音の蓄積データを利用して,「びぶりおネット」のコンテンツは作られてきた。
また社団法人日本文藝家協会の協力のもとでの著作権許諾処理や,著作権法の一部改正などの動きも「びぶりおネット」の事業を進めてきた大きな要因であったと考える。しかし録音図書の内容をNDCで分けたときに,文学に関するものが他の分野よりも極端に多く,コンテンツの問題なども存在している。
本研究では,音声訳によって視覚障害者へ情報提供の役割を持つ音訳者の存在について考察した。近年の情報化社会において,インターネット上で音声資料の利用が可能になってきており,視覚障害者向けの「点字・録音図書ネットワーク配信システム」である「びぶりおネット」の紹介とともに,このネットワークの存在と役割について考察を行った。墨字資料で出版されたものが音声に変換されてデータとして蓄積され,「びぶりおネット」において無料で視覚障害者向けに運用,利用されているということは,視覚障害者サービスにおいて大きな意義がある。しかし,無料で提供されていることや,インターネット上での利用など,さまざまな問題も含んでいる。
今後の「びぶりおネット」の普及が,視覚障害者サービスのこれからの動向にどのように関わっていくのかは,今後の課題として考えていきたい。
(初出誌:『出版学会会報125号』2009年10月)