■ ブロックハウスとマイヤーの合併
――ブロックハウス百科事典の行方 (2009年5月 春季研究発表会)
佐藤隆司
1984年5月23日ブロックハウスとマイヤーが合併した。両社は長年ライヴァル関係にあったからそのことは各界に衝撃を与えた。そうせざるを得なくなった事情は,1つには長年の競争で「へとへとになっていた」こと,1つにはますます電子メディア化をはからなければならないが,それには大規模のほうがよいということがあげられる。一方,歴史をたどると競争を避けるため交互に発行しようという談合がなされていたことがあったのである。この合併に対する出版界の反応を見ておこう。フライブルクのヘルダー社はカトリックの立場を鮮明とする出版社であり,百科事典の第三の出版社である。そこのL. Muthは「わが社はブロックハウス,マイヤーと競争関係にあった。しかし伝統を持った3社が争うことはドイツ出版界に害となることではない。この合併が精神の困窮に繋がらないことを願う」という。ベルリンの大出版社であるS. Fischer社のMehnertは「両社とも独立と情報データバンクに投資する勇気に欠けていた。これによって事典市場が部分的にであれ乱されるのではなかろうか」と心配する。K. G. Saur社のK. G. Saurは「このニュースに大変驚いた。私は両社の名前と業績を尊敬してきた」と述べる。Deutscher Taschenbuchverlag社のH. Friedrichは「狭くなり,電子メディアからの攻撃を受けている事典市場で争うのは意味の無いことである」という。このように意見はこもごもであるが,当のブロックハウスの重鎮で社主のHubertus Brockhausとともに調印式に臨んだUlrich Porakは「われわれは結婚しなければならなかったわけではない。愛の結婚でもない。これは理性の結婚である」と述べているが,これが苦渋に満ちた出版社の行きかたなのであろうか。合併後名前はBibliographisches Institut & F. A. Brockhaus A.G.となった。略してBIFABと称される。そして原則が設けられた。BIFABという屋根の下で,“Brockhaus”,“Meyer”,そして既にMeyerの傘下に入っていた “Duen”の独立性を保持するということである。こうした中でグループの売上げは1991年から95年にかけて70%上昇したといわれる。売上げの75%が百科事典,Dudenを筆頭とする原語辞書が14%,青少年向け啓蒙的案内書が6%,学術書が5%であった。そしてドイツ国内が90%,オーストリアを含めヨーロッパが9%であった。出版界再編成の動きは更に進んで,言語辞書界の王者の一つであるLangenscheidtと結びつき,さらにマスコミ界の王者のBertelsmannの中に入ることになって今日に至る。
ブロックハウス百科事典は,1986年から19版が出されているが,その26から28巻がドイツ語辞書としてDudenが,29巻をDudenとOxford University Pressが英語辞書として出している。20版は1996年から,21版が2005年から出されている。
しかし,ブロックハウス百科事典の行方はどうなるのであろうか。同編集者の一人であるAlexander Bobが,“200 Jahre F. A. Brockhaus?;Ein guter Anfang”と題する小論をかいているが,それが良い答えと思われる。ブロックハウスの200年は何であったか,それは新しい始まりであるとし,電子時代に入ってブロックハウス百科事典は,インターネット,Pocket-PC, Smartphonなどで利用可能になるが,しかし “Hapzititat”と“Sinnlichkeit”を守って行きたいと述べている。“Hapzititat”という言葉は普通の辞書にはないのであるが, “Haptik”「触覚学」;皮膚感覚について研究する心理学の1部門,という言葉があるので,「触覚性」と訳しても良いのではなかろうか。そうしてみると非常に良くわかると思う。われわれは良い本を手にした時造本の良さ,ページのめくり具合などから本を手にした喜びを感じる。一方の“Sinnlichkeit”には「感覚性」,「知覚性」,「具象性」という意味がある。これまたよい本を手にした時の喜びの表現であるとみてよいであろう。われわれは電子時代の便利さを享受したいと願望すると同時に良質な本を手にする喜びをも長く持ちたいと思う。
参考文献:
F.A.Brockhaus 1905-2005, hrsg. von Thomas Keiderling, F.A.Brockhaus, 2005.
(初出誌:『出版学会会報125号』2009年10月)