■ 「改めて考察する委託販売制度下の発注と返品」
会田政美
出版産業の低迷が続く。書籍と雑誌を合わせた総販売額は,1996年の2兆6564億円をピークに凋落傾向に歯止めがかからない。2007年は2兆1000億円を割り込むに至り,2兆円の大台割れも現実味を帯びてきている。
委託販売制を採っているメリットは数多い。しかし,それと表裏の関係にあるのが返品である。返品率は雑誌で30%強,書籍で40%弱という高水準が続いている。
高い返品率は,業界三者にとって好ましいことではない。1921年ごろにはすでに,「大取次店が現實の惱みとして返品の重壓を痛切に感じ初めた」と当時,四大取次の一つである北隆館の専務だった福田良太郎は自著に残している。『昭和十四年版 雑誌年鑑』にも,「後に至つて雜誌經營の癌となつた『返品』」と記されている。生まれながらにして改善が求められていたのである。
全国で1 万店を超えるセブン-イレブン・ジャパンが取り扱う出版物の売上高は,「日本最大の書店」ともいえる存在である。同社の鈴木敏文CEOは,「発注は小売業の意志であり,売れた分だけを仕入れるなら誰にでもできる。そこには商売としての意志がない」と言い切る。また,取引上の返品制について経営学者の小川進は,バイヤーの商品選択や予測に問題を見いだすほか,返品に対するコストの悪影響についても言及している。
企画の多様性を担保し,多種多様の雑誌や書籍の陳列を可能にしているのが委託販売制を敷いている出版産業の特色である。これらの見解を出版産業に重ね合わせるのには,異論が出るかもしれない。ただ,返品に対する先人の切実な声に加え,ベストセラーの取引条件に頭を悩ましている書店の状況を考え合わせれば,現実的な課題として見えてくるのではないか。
出せば必ず大ヒットを記録している『ハリー・ポッター』シリーズは,第4巻以降,基本的に買い切りになっている。販売の機会ロスを避けるために,多くの書店が需要予測を多めに見積もって仕入れたはずだ。売れ残った分は返品もできず,かといって再販制度の下,値下げすることもできずに在庫として残ったことになる。
『ハリー・ポッター』を生んだ英国では,事前注文(書籍)での取引が日本とは異なる。その一つが,書店は「その本が売れるかどうかわからないリスクを出版社と分け合う」という理解である。ほとんどの出版社は,返品リスクが避けられない状況の中で本を出し続けている。このリスクの一部を書店が事前注文で負う対価として,マージンアップで応えるのである。英国のこの基本姿勢は,日本でも検討されるべき課題であろう。
今回は,凋落傾向が続く出版産業が検討すべき方向性の一つを示した。現実的な課題の整理には,ドイツやフランスの取り扱いを研究対象とする必要がある。今後の課題としたい。
(初出誌:『出版学会・会報122号』2008年10月)