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中町英樹
日本の出版物販売は,出版社-取次会社-書店ルートでその大半を占めている。このような販売ルート形成の背景には戦前,戦中,戦後を通じて,雑誌流通を中心に出版社と書店との間で仲介機能の役割を果たしてきた取次会社の存在がある。出版社-取次会社-書店という出版物販売ルートでは,戦前から雑誌を中心に定着しつつあった委託販売制度を発展させて大量販売への道を開く一方,1953 年の改正独占禁止法による著作物の再販制度適用除外指定で,出版物の定価販売が法的な根拠を持ったことも重なって,出版物の販売額は高度経済成長の波にも乗り順調な拡大を遂げていった。
出版社-取次会社,取次会社-書店間の取引は,原則として取引開始時の正味が適用され,数量割引や取扱高の多寡による正味変更のない固定マージン制である。そのために出版社,取次会社,書店の三者が等しく利益を享受するためには,このルート全体の販売金額拡大が至上命題とされ,取次会社,書店による販売数量の積み上げ,出版社への新刊の定価改定が折に触れて要請されてきた。1996 年をピークにこのルートでの販売金額が下降に転じ始めると,出版社は返品率の増加に直面し売上が低下,それを補うために新刊点数を増加させるという安易な方法を採用し始めた。
今後の出版社の経営,成長を考えるにあたって,アメリカの経営学者H・イゴール・アンゾフ(H. Igor Ansoff,1918 ~2002)が提唱した企業戦略概念で,現在の製品と市場との関連において企業がどのような方向に進んでいくかを示す「成長ベクトル」という考え方を出版業界にもあてはめてみたい。成長ベクトルには,(1)市場浸透,(2)市場開発,(3)製品開発,(4)多角化という4 つの戦略がある。
いまのままでは出版物販売市場は縮小していく。日本は世界で最も高齢化のスピードが早く,迫り来る人口減少社会の到来がさらに縮小に拍車をかけるだろう。変わる読者,変わる市場に対応するためには,出版社自身が変わらなければならない。環境の変化に適応できる者だけが生き残ることができる適者生存の法則は,厳然として存在している。変化の方向性は「製品・市場マトリクス」によって企画,制作,流通,プロモーション等の面から探った。そのキーワードは「マーケティング」だ。取次会社-書店ルートに依存し,そのルートでの販売拡大,シェアの向上を目指して,読者を見てこなかった出版社にとって,あらためてプロダクトアウトからマーケットインのマーケティング発想に基づいた事業再構築が急がれる。読者は変わった。読者を起点としたマーケティングの仕組みを作り上げることができた出版社がこれからの出版業界をリードしていくであろう。
(初出誌:『出版学会・会報122号』2008年10月)
なお,「春季研究発表会詳細報告」(pdf)がご覧になれます。