■
湯浅俊彦
近年,日本の出版業界においては書誌情報・物流情報のデジタル化が進展し,オンライン書店の登場など出版流通ルートの多様化による既存書店の地位低下が著しい。また,パソコン,ケータイ,読書端末で読む電子書籍など出版コンテンツのデジタル化も進展し,とりわけケータイ向けの電子書籍市場は急成長を遂げている。すなわち書店で出版物を購入して読むという伝統的な日本の読書スタイルに変化が見られるのである。
しかし,その一方でケータイのネットサービスから生まれた「ケータイ小説」と呼ばれる作品群が,若年層の読者を獲得し,書籍化されるといった紙の本の新たな展開も見逃すことができない。本発表ではこのような日本における出版メディアのデジタル化の現状と読書の変容について考察した。
その結果,出版メディアのデジタル化と読書の変容について次のようにとらえることが可能であることが明らかになった。
出版コンテンツのデジタル化の進展が紙の本をただちに滅ぼすものではないことは,ケータイ小説の単行本化の事例を見れば明らかであろう。
またケータイ向けの電子書籍市場の急速な伸長が出版界に与える影響や,ケータイ小説によってもたらされた読書の変容は今後の日本の出版メディアを考える際に重要な視点を与えてくれる。
それは第1に,これまでパソコンや読書専用端末を中心に展開し,収益モデルを生み出すに至らなかった電子書籍がケータイ向け市場を構築し,あるいはケータイ小説から生まれた作品の単行本化によって,現在の出版市場のマイナス成長を補填する期待を抱いていることである。
そして第2に,ケータイで書き,ケータイで読む,新しい著者・読者関係が誕生してきたことである。そこには既存の出版コンテンツのネット配信とは異なり,デジタル時代の文学という新たな段階が見えつつある。
それがこれまでの文学の延長線上に位置づけられるのか,まったく位相の異なる次元を切り拓くのかは定かではない。しかし,井上夢人の『99人の最終電車』注i)のように,始まりもなければ終わりもないという従来の小説の構造を超えるハイパーテキスト小説は今日に至ってもほとんど現れてこないことを考えると,デジタルであることの特徴を活用した文学とは横書き,短文,「絵文字」交じり文というケータイ小説に他ならないだろう。
デジタル化がもたらした読書の変容は著者,読者,出版社の従来の概念を壊すものである。例えば,人々がケータイで書き,ケータイで読むとき,それを単行本化する出版社の編集者の役割とは何かという新しい課題が提起されることなどその一例であろう。
読書は時代と共に変わるが,もっとも急激な変化の時代に日本の出版業界は直面しているのである。
注i 井上夢人『99人の最終電車』(1996-2006)http://www.shinchosha.co.jp/99/[引用日:2008-02-06]
(初出誌:『出版学会・会報122号』2008年10月)
なお,「春季研究発表会詳細報告」(pdf)がご覧になれます。