1980年代の「おたく雑誌」における「おたく」の自己語り
――アニメ雑誌とパソコンゲーム雑誌の比較を通して
久野桜希子
(名古屋大学大学院人文学研究科博士後期課程)
1.研究背景と研究目的
本発表では、アニメやゲーム等の「おたく」的とされる趣味を対象とした情報誌を「おたく雑誌」と定義し、読者の自己語りに着目した。
1980年代の「おたく」に関する先行研究は、分析対象をアニメファンやアニメ雑誌に焦点化し「おたく」自身による自嘲的、自虐的な自己言及について論じてきた。一方、当時アニメ雑誌だけでなくパソコンゲーム雑誌においても「おたく」という呼称が登場していたことも先行研究で明らかにされているが、パソコンゲーム雑誌の誌面分析はこれまで行われていない。
そこで本発表では、パソコンゲーム雑誌を分析対象に加え、アニメ雑誌と比較することにより、ジャンルが異なることで「おたく」の自己語りにどのような変化が見られるのかを分析し報告した。
2.分析対象と方法
アニメ雑誌は「3大アニメ雑誌」とされている『アニメージュ』(徳間書店→徳間書店インターメディア、1978年7月―)、『アニメディア』(学習研究社、1981年7月―)、『月刊ニュータイプ』(角川書店→KADOKAWA、1985年4月―)の3誌、パソコンゲーム雑誌は『ログイン』(アスキー出版→エンターブレイン、1982年5月―2008年7月)、『テクノポリス』(徳間書店→徳間書店インターメディア、1982年8月―1994年3月)、『ポプコム』(小学館、1983年5月―1994年3月)、『コンプティーク』(角川書店→KADOKAWA、1983年11月―)の4誌を分析した。対象時期は創刊号から(『アニメージュ』と『アニメディア』は1983年1月号から)1989年12月号までとした。
計7誌の読者投稿欄の中で、テーマを設けず自由な内容の文章を募集するコーナーへの投稿とそれに対する編集者のコメントを収集し、アニメファンやパソコン少年に関する意見、アニメやゲームに関連する日常の出来事について書いたものを抽出し分析した。
3.結果
3.1 アニメ雑誌の読者投稿欄
アニメ雑誌では「ビョーキ」や病と関連する表現が数多く確認できた。「ビョーキ」は「おたく」の外部/内部の双方で使用されている。外部では、ロリコンやアニメファンの様子を病になぞらえることでネガティブなイメージが強化されていた。アニメ雑誌では、アニメに熱中する自身や友人を面白おかしく表現する際に用いられた。周囲から異常と見なされるような言動をあえて強調し 「ビョーキ」の深刻さを競うことで「どれだけアニメに熱中しているか」をアピールすることが、アニメ雑誌に見られる自己語りの一典型である。
また、アニメファンについての否定的な意見として、視野の狭さや根暗であることを問題視する投稿も一部見られた。しかし、こうした投稿に対して編集者が全面的に同意することはなく、主な読者層である中高生がアニメだけに熱中することを否定しない姿勢が窺えた。
3.2 パソコンゲーム雑誌の読者投稿欄
パソコンゲーム雑誌では、自己アピールのための「ビョーキ」語りは見られなかった。同世代からの「根暗のパソコン少年」というマイナスイメージが読者間で強く意識され、パソコン少年は暗くないという主張や根暗のイメージを覆そうという呼びかけ、解決策の提示等が行われている点に特徴がある。
編集者はパソコン以外にも視野を広げるべきであると読者に説いており、読者も編集者もパソコンのみに熱中することに否定的な意見が多く見られた。
4.まとめと今後の展望
先行研究で論じられてきた「おたく」の自嘲的、自虐的な自己言及は、アニメ雑誌では特に「ビョーキ」という語りを用いて散見されるものの、パソコンゲーム雑誌では確認できなかった。このことから「おたく雑誌」の中でも、ジャンルの違いによって異なる自己語りが見られることが明らかになった。
質疑応答では、本発表における「おたく」の定義の確認、自己語りの分析に編集部のコメントを含めている点について質問をいただいた。また、アニメ雑誌とパソコンゲーム雑誌で自己語りに違いが生じた理由についてもコメントをいただいたが、この点については今後の課題としたい。
謝辞
本研究は、名古屋大学及びJST科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業 JPMJFS2120による「名古屋大学融合フロンティアフェローシップ」の支援を受けたものである。
主要参考文献
松谷創一郎(2008)「〈オタク問題〉の四半世紀――〈オタク〉はどのように〈問題視〉されてきたのか」羽渕一代編『どこか〈問題化〉される若者たち』恒星社厚生閣、pp.113-140。
森川嘉一郎(2008)「「おたく」という文化圏の成立」岩崎稔・上野千鶴子・北田暁大・小森陽一・成田龍一編『戦後日本スタディーズ③ 80・90年代』紀伊國屋書店、pp.229-245。
山中智省(2010)「「おたく史」を開拓する―― 一九八〇年代の「空白の六年間」をめぐって」『横浜国大国語研究』28号、pp.10-26。