「韓国における男性軍人の身体へのまなざし」小平沙紀(2023年12月2日、秋季研究発表会)

韓国における男性軍人の身体へのまなざし
――ミリタリー雑誌における美容整形広告の考察から

 小平沙紀
 (東京大学大学院学際情報学府博士課程)

 
1.研究目的
 本研究の目的は、儒教規範に基づく家父長制および徴兵制など、歴史的に男性優位とマチズモが特徴とされてきた韓国社会において、それらと一見、矛盾するような韓国男性の活発な美容実践がどのような文脈により生成されてきたのかを明らかにすることである。韓国男性の美意識は非常に高く、男性用化粧品国民一人当りの売上高は世界第一位を誇り、美容整形を行う男性も増加している。なかでも本発表では、韓国において美容業界の新たなターゲット層として、近年、注目されている男性軍人に着目し、ミリタリーカルチャー雑誌『HIM』における美容整形広告の考察を通じて、軍人の身体がどのように眼差され美容整形が推し進められているのかを検討した。

2.研究手法
 本研究では、2011年に創刊された韓国のミリタリーカルチャー雑誌『HIM』を分析対象とした。本雑誌は、韓国で初めて軍人に対象を絞った雑誌として大韓民国文化体育観光部所轄社団法人「愛の分かち合い本部」が発行している。内容は、各部隊の紹介、芸能人のインタビュー、グラビア、化粧品・書籍の紹介等である。研究では、美容整形広告を分析対象とした。
 分析に用いた資料は、韓国・ソウル市の国立中央図書館書庫に保管されている2011年創刊号から2023年10月号における美容整形広告で、広告内で使用される文章や表象の特徴を抽出しながら、軍人がいかなる欲望・不満を抱えている存在と見なされているのかを分析した。

3.分析結果
 分析の結果、『HIM』における美容整形広告について以下の三点の知見が得られた。
 一点目に、「真の男」(진짜사나이)という慣用句の使用により美しい外見と男らしさが結び付けて語られていた。この慣用句は、通常の韓国語で男性を意味する単語とは区別され、軍隊における「男らしさ」を象徴する言葉である。
 二点目に、女性モデルや軍人の彼女を起用し、女性目線で語られる文句や恋愛への言及など異性愛規範が強くみられた。これらの広告は、男性だけの空間で女性が不在であるという特殊性を利用し、「フィクションの女性の目」(須永1999)を強調することで、主張に説得力を持たせ正当化していると考えられる。先行研究では、義務兵役を通して同性愛嫌悪や女性蔑視といった規範を内面化することで韓国男性はヘゲモニックな男性性を獲得していくことが指摘されており(春木2000)、広告の表象からも異性愛主義が権力構造を制御し特定の男らしさを生み出すための道具とされていることがわかった。
 三点目に、義務兵役が第二の人生の準備期間であり、美容整形にもっとも適した期間であることが強調されていた。広告では、社会復帰に向けた準備期間として義務兵役が捉えられており、過去の自分から脱して新たな人生を始めようと語りかける傾向があった。こうした広告では、「外見はスペック(競争力)である」という共通する語りが多くみられ、除隊後に多くの男性たちが直面する就職活動などの熾烈な競争のための準備として美容整形が位置づけられていた。韓国では、1997年のIMF通貨危機を発端とした不景気や新自由主義的な風潮の広まりから学歴インフレや賃金格差が広がり、若者の厳しい就職難が続いている。そんななか、現在、軍隊は自己開発の場としても認識され、兵役期間中に資格などのスペックを獲得する男性たちが増化している。一方で、韓国では「兵役を終えてこそ一人前の韓国男児」という伝統的な価値観が現在でも存在する。こうした現在的な状況と伝統的な価値観が融合することで、広告では美容整形が社会復帰という次なる段階へ統合するための正当な自己開発として語られているのではないだろうか。
 このように、本調査では、軍人雑誌の美容整形広告においてマチズモが強化されていることが確認できた。つまり、軍人たちの美容整形は、軍隊的な男らしさと相反するものではなく、むしろ男性優位主義の社会構造に則った行為として考えられる。そして、現代の韓国の軍隊はそうした男らしさと美容整形を媒介する制度として機能していることが示唆された。

参考文献
須長史生(1999)『ハゲを生きる――外見と男らしさの社会学』勁草書房
春木育美(2000)「軍隊と韓国男性――兵役が韓国男性に与える影響」『同志社社会学研究』(4):53-65
韓国言論振興財団(2022)「2022雑誌産業実態調査」
チョン・ヘヨン(2022)「整形広告のメッセージ戦略分析を通じた国内整形広告の問題点及び今後の改善方向に関する研究:地下鉄駅舎及びホームページ広告の内容分析を中心に」梨花女子大学大学院コミュニケーション・メディア学科修士学位論文(原文韓国語)
パク・ソンジン. パク・ギルスン(2008)「男性ファッション雑誌に現れた外見の変化様相」 韓国生活科学会誌17(1):105-114(原文韓国語)