「海外の雑誌作り教育に関する調査報告および考察」富川淳子(2023年12月2日、秋季研究発表会)

海外の雑誌作り教育に関する調査報告および考察
――New YorkにおけるMIE(Magazine in Education)の目的とその教育効果

 富川淳子(跡見学園女子大学)

 
1.はじめに
 筆者はMIE研究部会発足当初からMIE研究の一分野である「雑誌作り教育」に焦点を当て、事例研究を中心に取り組んできた。目的は日本国内の小中高の「雑誌作り授業」と大学における雑誌作り授業の分析を通じ、雑誌作り授業の教育的効果とその有効性、および課題を考察することである。
 これまでの事例研究を通じ、小学校・中学校における雑誌作り授業は改訂指導要領が目指す教育としてあげている「主体的・対話的で深い学び」(アクティブ・ラーニング)を具現化していることは明らかになった。大学の雑誌作り授業においても、教育効果として情報の収集・加工・伝達能力の獲得のほか、ジャーナリズム思考の体得や共同作業による主体性と協調性の育成、取材経験による対人的コミュニケーション能力の獲得が報告されている。さらには雑誌の発行による社会的責任感と影響力の再認識などがあげられ、実社会にでてからも役立つ能力の育成が促進されている例も示されている。
 では海外での雑誌作り授業の目的や位置付け、教育的効果への期待や評価はいかなるものなのか。この問題意識をもって、2022年9月に実施した海外事例調査報告と考察を発表した。

2.調査報告
 New Yorkという限られたエリアであったが、高校3校(公立高校2校、私立1校)とNew York州立大学の計4校、計6誌の雑誌作り教育の教師・教員や生徒たちにインタビューを実施した。調査校は以下の通りである(表1)。
 この調査を通じて、明らかになった日本との違いは2点ある。まず、「新聞記事は文も短く、時事問題をタイムリーに扱う記事が基本。雑誌は長い特集が多く、記事も深く掘り下げた内容が中心になる。学生新聞の場合、新聞と名がついているが、新聞特有の速報性もなく、雑誌の要素が強い」(Bard High School Early College政治学担当教師Steven Mazie)。このように「新聞」という名前がつき、判型がタブロイド判であっても、今回取材したすべての指導者および生徒たちは雑誌を編集していると認識していた。
 2点目はNew Yorkの学校では「ジャーナリズム教育の一環」として雑誌作りが活用されていたことである。アメリカのジャーナリズム教育専門家のKatina Paronによれば「アメリカでは幼稚園から大学生までジャーナリズム教育が実施されている」という。そのジャーナリズム教育は「調査」と「書くこと」を基本とする。調査の基本的なポイントは「今、何が起きているのか」「それはいいことなのか、悪いことなのか」「それは何が問題なのか」という問いを通じて、価値観を育てて信頼できる価値基準を持つ大切さを生徒が学びとれるようにすること。次にはこれらを念頭に置いてそれにふさわしい取材者を探し出せるように指導することにある。「書くこと」においては、取材・検証、リサーチしたことをまとめて、未知の人たちに伝わるような原稿の書き方を徹底的に教えるという。
 今回取材した指導者たちはジャーナリズム授業で生徒や学生が学んだことを実際に雑誌作りで活用することにより、ジャーナリズム教育の効果を上げることを目的としていた。そして雑誌作りがジャーナリズム教育にとって効果の高いツールとして評価され、広く取り入れられていたことも確認された。


 
3.調査結果と考察
 指導者と生徒への取材を通じて得た、雑誌作りの教育的効果をまとめると、1.コミュニケーションのスキルが磨ける。2.情報のアクセスの仕方が学べる。3.物事を理論的、客観的、合理的に考える力が養われる。4.自分を取り巻く世界がどのように動いているかが理解できる。5.読み書きの力がつく。6.リサーチの仕方が学べる。7.問題の解決方法を見出す力がつく。8.集まった情報の中から重要なポイントを探し当てる力がつくの8点である。以上のように教育効果として挙がる内容においては日米で特に目立った差はない。言うまでもなく、ジャーナリズム教育の学びは雑誌編集に必要な基礎的な力の養成となる。それが雑誌作りという実践で試され、活かされることによって、より磨きがかかることは明らかである。さらにNew Yorkでは雑誌作り授業は上級クラスと位置づけられ、成績優秀者が履修する科目となっていた。その結果、日本とは異なる、ジャーナリズム教育がベースにあるという環境が、MIEの教育効果をより高くしていると言える。

4.今後の課題
 このようにMIEは教育効果の高い授業であることは日本同様、海外でも認められたが、日米に共通した課題も見えてきた。1点目はMIEの授業を受講した生徒や学生への評価である。実技科目の評価はMIE授業に限らず難しい。今回Fashion Institute of Technologyの雑誌作り授業を受講した学生に対し、実際にどのような基準で採点し、評価しているかがわかる評価採点表も担当教員から提供された。しかし、このケースは1冊すべてを学生が制作する場合であり、グループワークとなる場合には採用しにくい。結局、MIE授業の評価に関してNew Yorkの学校でも明確な基準を見つからず、今後の課題として残された。
 2点目は予算の問題である。指導者はもとより、IT世代である生徒たちも雑誌作りは「紙」であることを望み、自分たちの制作物がWebではなく、手に取れる実物の紙であることを高く評価していた。今後も学校教育において紙の雑誌作り授業が継続される可能性は高いが、制作費が不要なWebに対し紙の雑誌は紙代と印刷代がかかる点に関して意見がある中で、指導者たちは「教育効果の高さ」を理由に紙の雑誌の予算を確保しているのが実情だった。
 3点目は指導教員のキャリアに関することである。NYでも指導教員がかつてメディアで仕事をしていたなど実務経験者が目立つ。雑誌作りの指導の難しさがMIEの広がりを制限している問題がアメリカでも浮き彫りになった。
 最後になるが、今回はNew Yorkという限られたエリアの事例研究になり、その数も限られた。MIE教育の実践例は日本国内でもあたりをつけてシラバスを個々に確認するか、口コミで探っていくという方法に頼るしかない状況である。残念なことにNew Yorkでの取材先探しも同様であった。今後MIE授業の事例研究を増やすことがMIE研究の充実させるために不可欠である。MIE教育を実践している授業の「捜索法」を見つける方法も考えるべき問題であることをNew York事例調査を通じて認識した。

※本研究は科学研究費助成事業 令和1~3年度基盤(C)(課題番号19K12723)「学校図書館を中心とした雑誌利活用教育の実態・可能性に関する実証研究」によるものである。