「大学図書館における人文社会系の専門書の所蔵状況」久保琢也(2022年12月3日、秋季研究発表会)

大学図書館における人文社会系の専門書の所蔵状況
――出版社を対象とした試行的分析

 久保琢也
 (横浜国立大学 研究推進機構)

 
 近年、証拠に基づく政策立案(Evidence-Based Policy Making:EBPM)や証拠に基づく大学経営(Evidence-based Management:EBMgt)が推進され、研究活動の評価/モニタリングが、行政レベル、また、研究機関レベルで行われている。研究成果については主に雑誌論文が対象となっており、国際的な学術文献データベースとそれに対応する分析ツールの普及に伴い、国内外の研究機関の論文数や国際共著論文数・割合、被引用数Topパーセンタイルといった多様な指標によって大学や研究者個人の評価/モニタリングが行われている。その一方で、論文と同じく学術情報流通において重要な役割を果たしている図書については、これまで日本でほとんど検討の対象とされてこなかった。しかしながら、図書は人文社会系において重要な役割を果たしており、主要な成果発表の媒体であるだけでなく(後藤、2018)、知識源として引用される媒体でもある(久保、2022;後藤、2018;Zuccala & Guns、2013)。
 図書に関する指標については、近年、欧米の研究者により図書館の所蔵状況に基づいた指標が提案されている。例えば、ある図書が所蔵される図書館の数(以下、所蔵館数)は代表的な指標として提案されており、所蔵館数が多いほど影響度が大きいと考えられている(White et al., 2009; Torres-Salinas & Moed, 2009)。図書館に所蔵されることの意味について議論はあるが、所蔵館数が多いほど、より多くの人の目に触れることになり、利用される可能性が高くなると解釈されている(Zuccala & Guns, 2013; Torres-Salinas & Arroyo-Machado, 2020)。その利用形態の1つが論文等からの引用であり、ある図書の所蔵館数と被引用数には正の相関があることも報告されてきた(Maleki, 2022; Zuccala & Guns, 2013)。
 このような背景において、本発表では人文社会系の専門書の大学図書館における所蔵状況を、出版社の観点から分析した。先行研究においては出版社の生産性(出版タイトル数)と所蔵館数との関係(Torres-Salinas & Moed, 2009)や、出版社のタイプ(e.g., 商業出版社、大学出版社)と所蔵館数との関係(Zuccala et al., 2015; Zuccala et al., 2021)等が検討されているが、日本の図書においてこれらの関係を検討した研究は見られない。本研究ではこれらの観点から所蔵館数の特徴を明らかにするとともに、出版社がどのような形で影響度の高い専門書の出版に寄与しているかについて考察した。
 本研究から得られた知見は主に以下の三点である。第一に、分野による程度の差はあるものの、大学図書館に所蔵される専門書のタイトル数は少数の出版社に集中しており、生産性という観点からは少数の出版社が主要な役割を果たしていることが示唆された。第二に、各出版社の生産性と所蔵館数との関係では、分野によって傾向が異なるものの、必ずしも生産性の高い出版社の専門書の方が所蔵館数が高いわけではないことが明らかとなった。人文社会系ではしばしば「多様性」がその特徴として挙げられるが、所蔵館数という観点においても、多様な出版社が影響度の高い専門書の出版に貢献していることが窺える。第三に、出版社のタイプと所蔵館数との関係では、概ね、全ての分野において大学出版社の所蔵館数がその他の出版社よりも高い傾向が観察された。このことから、所蔵館数という観点から大学出版社は相対的に高い影響を有していることを指摘した。
 フロアからの主な質問としては、まず「生産性」という用語の定義の確認があり、出版社ごとの異なりタイトル数である旨の回答を行った。また、本発表では触れていない分析方法として、出版形態による所蔵状況の違いや自然科学系の専門書との比較、対象とする読者のレベルによる違いに関する質問があったが、これらの点については今後の課題とした。