「第二共和政期バルセロナにおける本の日とサン・ジョルディの日の「接続」」菊池信彦(2022年12月3日、秋季研究発表会)

第二共和政期バルセロナにおける本の日とサン・ジョルディの日の「接続」
――特に空間史的分析を中心に

 菊池信彦
 (国文学研究資料館)

 
 スペイン北東部のカタルーニャ地方では、スペイン語(カスティーリャ語)とは異なる固有の言語・歴史を有する歴史的経緯から、スペインからの独立を求める運動が近代以降繰り返し行われてきた。そのため、スペインナショナリズムの研究は、マドリードを擁するカスティーリャとカタルーニャとの対立という視点から論じられる傾向にある。
 しかし、その対立構図にそぐわないのが、カタルーニャ地方で毎年4月23日に行われている、本の日とサン・ジョルディの日という2つの祭である。本の日(Día del Libro)とは、スペインの文豪セルバンテスを顕彰し、「カスティーリャ語(スペイン語)の本の日」として1926年に設立され、1931年以降はセルバンテスが亡くなった4月23日にカタルーニャ地方を含むスペイン全土で開催されるようになったものである。一方、サン・ジョルディの日(Diada de Sant Jordi)は、カタルーニャの守護聖人であるサン・ジョルディを称えバラを贈り合う日であり、この日はカタルーニャにとっては地域ナショナリズムを喚起する日となっている。現在では「サン・ジョルディの日」といえば「本とバラの日」と連想する文化の日として認知され、2つの祭りの要素は混ざり合い「接続」しており、前段で示したようなカスティーリャ対カタルーニャという対立的構図は認められない。
 そこで本報告では、この2つの祭りがどのように「接続」していったのか――すなわち、サン・ジョルディの日が「本とバラの日」として認知されるに至ったのか――を、特に2つの祭が同日に開催されるようになったスペイン第二共和政期(1931-1936年)を対象に分析を試みることとした。2つの祭りの「接続」過程を分析することで、スペインナショナリズム研究が前提とする国家対地域という対立的な見方ではなく、ナショナリズムの共(依)存という別の図式を示すのが、本研究の目的である。
 先行研究では、第二共和政期に同日に祭を行うこととなり、バラの屋台と本の露店との地理的関係が近いものであったから、2つの祭は「接続」したのだと論じられている。しかし、2つの祭の場所が実際にどのような位置関係にあるのかについては十分な検証がなされておらず、論拠としては不十分である。よって、本報告では2つの祭の位置関係に注目して分析するというアプローチを採用した。このため、第二共和政期の新聞記事や本の日を主催した図書商業組合(Cámara Oficial del Libro)の史料等から2つの祭の位置情報を析出し、それらの情報を報告者が作成しているデジタルアーカイブでマッピングすることで、2つの祭の位置関係を明らかにした。
 情報抽出とマッピングの作業はまだ途中ではあるが、すでに現段階で本の日とサン・ジョルディの日に関して記事で言及される場所が明確に異なることが明らかになってきている。すなわち、本の日は、ランブラス通り(Las Ramblas)を中心としつつ、その北西地域(Ronda de Universidad, Calle Pelayo, Plaza de Cataluña)が多い。一方で、サン・ジョルディの日に関しては、もっぱらカタルーニャ自治政府庁舎(Generalitat)とその前にある「共和国広場(Plaza de República)」(現サン・ジャウマ広場)、および、北隣の「オビスポ通り(Calle de Obispo)」(現ビスベ通り)が中心となっている。このうち、バラを売る花屋の露店は、1933年時点で自治政府庁舎、共和国広場、オビスポ通りに限定されていたことから、同日に開催しつつも、2つの祭の開催位置は異なるものであったと推定される。
 今後の課題としては、まずなによりもすべての情報のマッピングが終わっていないため、その作業を継続的に行う必要がある。特に、1936年はオビスポ通りにバラの露店の出店が禁止されており、祭典空間の移動の兆しがうかがえることから、現代まで時間軸を伸ばすことで、2つの祭典空間の重なりの変化が明らかになると考えている。

 報告後の質疑応答では、第二共和政以降の状況について尋ねられたほか、同様の研究手法も内戦期以降の時期を対象にしても続けられるのかどうかといった質問が寄せられた。本の日もサン・ジョルディの日も、内戦とフランコ独裁期の一部期間を除き、現在まで続けられている祭であり、その状況を明らかにしていくのが今後の課題である。しかし、とりわけ新聞史料は著作権の関係でオープン化されていないことから、今回用いたアプローチとは別の手法を検討する必要があると回答した。

謝辞
本研究はJSPS科研費 19K20638の助成を受けたものである。