伊藤民雄
(実践女子大学/慶應義塾大学大学院修士課程)
本発表は、純文学作品と専門書の図書館の所蔵・貸出状況を研究対象に行った。
1.研究の背景と研究目的
「地味な純文学や学術書の類が、ベストセラーの複本のために、図書館の棚から締め出される傾向にある」。2003年に公貸権導入を訴えた日本文藝家協会常務理事・同知的所有権委員会委員長の言葉である。文芸書の売れ行き不振の原因が図書館の貸出提供にあると主張する意見が多い中で、買うなというのではなく、純文学作品だけは是非買って欲しい、という点が異例であった。あれから15年経過してしまったが、当時問題となった純文学と学術書(本研究では「専門書」とする)の所蔵状況、及び利用状況を実数に近い形で調べてみようというのがこの研究の動機である。
2.研究目的と研究方法
研究の目的は、純文学と専門書の図書館所蔵と貸出の実態に迫ることである。研究方法は、日外アソシエーツBOOKデータベースに登録されている2014年と2015年の出版情報約116,301点をベースとし、サンプルとして文学作品グループと専門書グループを作り、検索APIを利用し、全国の公立図書館、東京都立図書館を含む東京都区市町村54自治体及び大学図書館の所蔵調査を行った。一方、貸出情報は提供を受けた都道府県立図書館1自治体、区市町村4自治体の合計5自治体の2014年から2017年2~7月までの貸出回数を利用する。両グループの詳細は以下の通りである。
(1)文学作品グループ
①NDC913.6及び913.68日本語の現代小説17,450点、②文学ベストセラー95点、③本屋大賞受賞作・候補作34点、④文学・文芸賞受賞作149点(芥川賞・直木賞は候補作も含む)、⑤主要純文学作品300点、について、東京都の公立図書館の所蔵調査を行った。
(2)専門書グループ
116,301点のうちCコードで専門が付与された⑥専門書21,072点(全体比約18%)を利用し、併せて人文書を得意とする専門出版社の業界団体の⑦人文会発行図書4,428点を対象とする。これらも東京都の所蔵調査である。さらに、全国調査サンプルとして、⑧人文会会員4社発行図書1,003点、⑨人文書の基本書掲載『人文書販売の手引き』第2版から92点、⑩書評4回以上の人文書42点、⑪書評3回以上の専門書33点、⑫取次ベストセラーである社会科学売行良好書43点、⑬自然科学売行良好書41点、比較のために⑭文学賞受賞作品106点、⑮学術賞受賞書65点については全国所蔵調査を実施した。
3.所蔵調査結果と貸出状況
まず2014年と2015年の図書出版点数116,301点について、東京都53自治体が所蔵しているものに限ると、図書1点当りの平均所蔵館は33館であった。
(1)文学作品グループ
①NDC913.6もしくは913.68現代小説全体の所蔵は45館、②文学ベストセラーは255館、③本屋大賞受賞作・候補作293館、④文芸・文学賞受賞作(芥川・直木各賞は候補含む)は161館、芥川賞・直木賞受賞作に限ると360館、⑤純文学99館であった。貸出記録提供5自治体の状況を見ると、全体から見ると本屋大賞グループと文学ベストセラーは貸出平均が40回に達する自治体もある程活発である。文学賞と芥川賞・直木賞の両グループはそれには及ばないが、多い自治体だと30回の貸出回数である。純文学の貸出は20回平均が2自治体、15回平均が2自治体、残り1自治体は10回程度であった。さらに主要純文学作品300点を1997年当時若手、1998~2008年にデビュー、最近10年間にデビューした作家、の3つのグループに分けたところ、貸出状況は、各自治体で異なる傾向を見せた。
(2)専門書グループ
東京都53自治体の所蔵平均は、⑥専門書全体11館、⑦人文会33館であった。サンプル調査は、全国平均所蔵館数は、⑧人文会4社発行図書300館、⑨人文書販売の手引き掲載書400館、⑩書評4回以上の人文書600館超、⑪書評3回以上の専門書500館程度、⑫社会科学売行良好書と⑬自然科学売行良好書は共に800館前後、⑭文学賞受賞作1,800館、⑮学術賞受賞書600館であった。人文書に限ると、一般的な人文書を「1」と考えると基本書は1.3倍、書評があると2倍の貸出となった。全国的な所蔵傾向は、人文書、学術賞受賞書、専門書が太平洋ベルト地帯上にある首都圏、名古屋、近畿圏に集中するのに対し、文学賞受賞書、社会科学売行良好書及び自然科学売行良好書は全国に散らばっている。貸出記録提供5自治体の貸出状況は、全体的な傾向は社会科学売行良好書が突出し、自然科学売行良好書が続き、書評あり専門書、学術賞受賞書、人文書販売の手引き、書評あり人文書はほぼ同じ貸出回数である。人文書だけ見れば、一般的な人文書は平均10回以下、基本書(人文書販売の手引き)と書評あり人文書は貸出が伸びる傾向がある。
4.結論
純文学については、現代小説全体に対しては2倍の所蔵であるが、他の文学グループと比較すると所蔵は少なく、貸出も同様である。専門書・人文書も共に所蔵・貸出は他のジャンルと比較して少なかった。