中村 健
(大阪市立大学学術情報総合センター)
大阪毎日新聞社(以後,大毎)が1923年4月に創刊した経済雑誌『エコノミスト』(以後,同誌)は,『東洋経済新報』『ダイヤモンド』と並んで現在まで刊行が続く経済雑誌である。他の2誌と比べて新聞社網を駆使した調査や統計データ,アカデミックな理論の掲載に特色がある。創刊時は,編集の拠点が大阪にあったことから,大阪の経済雑誌としての性格ももつことは,杉原四郎による一連の経済雑誌の研究の中で触れられている。同誌を考える上での基本文献である杉原の「経済誌の歴史のなかの『エコノミスト』」同誌70(10)1992年では,「大正末から昭和の前期までは,当時関西で輩出した異色の経済雑誌と同様,本誌は大阪の色を濃くにじませた雑誌という特徴をそなえていた」と述べ,統計にその特色はみられ,旬刊に移行する1934年10月までは編集の重点が西にあったとしている。
別の論考で杉原は,大阪の経済雑誌として明治期に創刊された浜田健次郎(1860-1918)の『大阪経済雑誌』と『経済』,永江為政(1861-1925)の『商業資料』『大阪経済雑誌』(1900年改題,1918年に廃刊)の2つの流れのうち浜田の仕事と同誌創刊をつなげている。
本報告では上記の2点について詳細を検討するために,記事数や広告数などの定量分析,表紙や新聞広告の表象面の比較などといった基礎的調査を行った。そして,①大阪の経済情報を中心とした編集について②大阪(≒関西)の人材による寄稿について③先行雑誌『大阪経済雑誌』との関係について,それぞれ考察を行い,その結果を報告した。
1)大阪の経済情報を中心とした編集について
大阪に本社を置く会社の広告と大阪に関する統計が各欄に占める割合を1923年から1931年の毎年5月1日号に絞り調べた。広告において,大阪に本社をおく会社の占める割合は,1923~1924年は5割以上を占めるが,1925年以降は2~3割程度で推移する。なお,1930年に7割に再び上昇するのは,創刊7周年記念号にあたり,ご祝儀として本社のある大阪の企業広告が多くなったと考える。一方,統計においては,1928年まで2割強の占有率が続くが,統計の改革後は1割程度に落ちる。統計については,数字を見る限り大阪のものが占める割合が高いとは言い難い。
次に大阪経済に影響を与えた事象(北但大震災,奥丹後震災,金融恐慌,室戸台風)の報道について『東洋経済新報』『ダイヤモンド』と比較した。いずれの事象も『東洋経済新報』『ダイヤモンド』よりも充実した情報量と関西特有の視点を見せた。しかし,室戸台風においては2誌よりも情報が少なくなる。この逆転現象は,2誌の大阪の拠点が充実化した結果と考える。
以上より,創刊から2年間(1923-1924)の佐藤密蔵編集長時代が,比較的大阪の情報が多く占める時期と言える。しかし,これは編集方針というよりも,編集の拠点が大毎の大阪本社であったため,創刊時におこる原稿の内部作製の影響によるものと考える。小川市太郎や池田龍蔵といった経済記者の記名記事,関西の企業広告などがそれにあたるだろう。また,誌面から受ける印象論によることもあげられる。埋め草に相当する記事と考えられる「大阪だより/東京だより」,近畿圏の商品のみの地方特産紹介の記事,統計における大阪の日用品の価格表などが,経済記事・情報との間に質的な違和感を生じさせたと考えられる。その後の流れについて簡単に言及しよう。内製化の時期からの離脱と,大毎出版物の脱大阪の時期が軌を一にするように,1925年以降は東西に目配りした内容へと変化していく。
2)大阪(≒関西)の人材による寄稿について
常連寄稿者である河田嗣郎や,同誌7周年記念増大号(1930年4月15日)に掲載された18名の特別寄稿者のうち半数が関西の学者であるなど,大阪の人材の寄稿が目立つ。さらに,この人脈が同誌上において独自の論壇形成につながったかを考察したが,同誌の編集方針が経済言論よりも経済情報を主とし積極的な声価創出の場として成立しにくい点を踏まえても,1920年代には見られない。ただし,この点については1930年代の大阪の編集部と経済研究者の交流に焦点を定め再検討することを提起するにとどめたい。
3)先行雑誌『大阪経済雑誌』との関係
編集人の永江為政は,大毎出身者で,終生,仕事で大毎と関係した。寄稿者に大毎関係者が多く,佐藤編集長や監修者岡実の寄稿実績がある。また,『大阪経済雑誌』と同誌においては,経済都市大阪においてロンドン・エコノミストのような経済雑誌を刊行するという編集方針が似ている。しかも,その終刊(1918)から同誌創刊(1923)まではわずか5年という短期間であり,人脈として共有する部分(河田嗣郎,松崎壽など)がある点を考慮すると,杉原の指摘以上に「大阪の経済雑誌」として強い連続性があると指摘できる。