「ライトノベル雑誌がもたらしたメディア横断的な物語受容と創作」山中智省 (2015年12月 秋季研究発表会)

ライトノベル雑誌がもたらしたメディア横断的な物語受容と創作
――『ドラゴンマガジン』の事例を中心に

山中智省
(滋賀文教短期大学)

 本発表の目的は,現代のメディア横断的な物語受容,及び創作の様態が形成される過程において,メディアミックスを念頭に刊行された雑誌が果たしてきた役割・機能の一端を,1988年に富士見書房が創刊したライトノベル雑誌『ドラゴンマガジン』の事例から明らかにすることにある。今回は,まず『ドラゴンマガジン』創刊前後(1980年代後半から90年代前半)の誌面内容などからメディアミックスの展開状況を確認した上で,特定作品を手掛かりに,同誌がメディア横断的な物語受容と創作に対して担った役割・機能を考察する。
 一般的にライトノベル雑誌とは,ライトノベルの専門レーベルと強く結びついた小説誌やムックを指し,その誌面は小説作品に限らず,マンガ,アニメ,ゲーム,映画のほか,読者参加型の誌上企画や小説新人賞との連動企画といった多彩な内容で構成されている。また,これまでライトノベル雑誌はオフィシャルな情報の発信・獲得の手段となるだけでなく,複数のジャンル・メディア・文化,さらには読者・作家・編集者が交錯する場として独自の雑誌文化を築いてきた。したがって「複合的な文化現象」であるライトノベルの把握を目指すにあたり,ライトノベル雑誌は非常に有用な資料体と言えるのだが,先行研究では中心的題材として扱われず,存在自体もあまり重要視されてこなかった。その意味で本発表は『ドラゴンマガジン』の詳細な調査・分析を通じ,ライトノベル雑誌研究の可能性を示す試みでもある。
 さて,富士見書房が1988年に創刊した『ドラゴンマガジン』には3つの大きな特徴がある。すなわち,(1)「小説新人賞(ファンタジア長編小説大賞)や専門レーベル(富士見ファンタジア文庫)にとっての母体雑誌であり,ライトノベルの物語を生産・流通させるシステムやネットワークを想定した場合,同誌はハブ的存在として位置づけられる」こと,(2)「多種多様なジャンルを網羅した情報を掲載し,読者参加型企画などで独自の雑誌文化や読者コミュニティを構築するとともに,作家志望の読者には誌面を通して創作時のコンセプトやイメージを提供した」こと,そして(3)「角川書店の『Newtype』や『コンプティーク』と雑誌相互のネットワークを築くなど,メディアミックスの戦略誌として他メディアとの連携が容易な環境が整っていた」ことである。なかでも本発表では,上記(3)に関連する具体的な事例を取り上げていく。
 『ドラゴンマガジン』で見受けられたメディアミックスは,創刊から約1年間(1988年3月号から89年2月号まで)とそれ以降で「質」に大きな変化が生じている。当初のメディアミックスとは,小説,マンガ,ゲーム,イラスト,模型,フィギュアなどを交えながら掲載作品の物語世界を表現する方法であり,これは小説からマンガ,アニメ,あるいは造形物などへの2次消費を企図したものだった。ところが1989年3月号でのリニューアルを境に,作家やイラストレーターを軸とするメディア横断的な特集企画のほか,角川グループ系列作品のメディアミックス情報の発信が本格化していく。これにより,特定メディアに限定しない作品の受容姿勢を読者へ提示しつつ,雑誌相互の連携による広告効果(=対象作品への誘導効果)を高めていった。
 また,1989年以降は「機動警察パトレイバー」や「サイレントメビウス」といった既存作品のメディアミックス展開先となり,例えば前者の場合,アニメ脚本家によるノベライズが89年の劇場アニメ公開に合わせる形で誌上連載された。その後は竹河聖「風の大陸」(1992年に劇場アニメ化),吉岡平「宇宙一の無責任男」シリーズ(93年に「無責任艦長タイラー」としてTVアニメ化)をはじめ,「ソード・ワールドRPG」や「ドラゴンハーフ」といった『ドラゴンマガジン』掲載作品を起点とするメディアミックスが始まり,93年頃までには「メディアミックスのための戦略誌」という性格が鮮明化する。なお,本発表では前掲の3作品(「機動警察パトレイバー」「風の大陸」「ソード・ワールドRPG」)の事例を手掛かりに,『ドラゴンマガジン』が既存作品のメディアミックス展開先として機能した一方で,メディアミックス可能なオリジナル作品の輩出,ファンタジーの世界観に根ざした物語創作の実践を進めていた状況を明らかにしている。
 以上の結果から,1990年代前半までに『ドラゴンマガジン』は,メディア横断的な物語受容と創作を可能にする環境や読者のリテラシーを構築したと同時に,ライトノベルという文化現象のなかでメディアミックスを定着・促進させる役割を担っていたことが浮き彫りになった。今後は引き続き同誌の調査・分析を進めつつ,他雑誌との関連性にも注目し,より多角的な視点から実態の把握に努めたいと考えている。