「大宅壮一の活動における「集団」に関する考察」阪本博志 (2015年12月 秋季研究発表会)

大宅壮一の活動における「集団」に関する考察
――「大宅壮一東京マスコミ塾」と『茨木中学校生徒日誌』

阪本博志
(宮崎公立大学)

 本研究の目的および方法は,次の3点である。第一に,大宅壮一(1900年-1970年)の活動の特色のひとつに,その生涯のなかで,さまざまな「集団」をつくり活動を展開したことが挙げられる。この「集団」にあらたな角度から光を当てる。第二に,大宅が旧制茨木中学校在学期間(1914年-1917年)に日々の記録を『茨木中学校生徒日誌』(『青春日記』上・下として1979年に中公文庫から刊行)に残している。この『生徒日誌』にあらたな角度から光を当てる。第三に,大宅のライフヒストリーのなかで,「集団」に見出される特質と『生徒日誌』に見出される特質との関連性について,考察する。
 編集・評論活動を開始する1920年代から亡くなるまでの大宅の活動を見るとき,大宅は「集団」での活動をたびたびおこなっている。植田康夫が述べるように,戦前大宅は,自身が提唱した「知的活動の集団化」を,翻訳や雑誌『人物評論』(1933年-1934年)の編集において実践した。そしてその手法は,東京帝大在学中に『人物評論』でアルバイトをしていた扇谷正造により,戦後『週刊朝日』の巻頭特集の執筆に活用された(「大宅壮一の『知的活動の集団化』論が戦後の週刊誌編集に与えた影響」『コミュニケーション研究』第22号,1992年)。この植田の先行研究では,「集団」による分業がもたらす効率性に,光が当てられているといえよう。
 大宅は上記の「集団」以外にも,日本フェビアン協会(1924年),ジャワ派遣軍宣伝班(1941年),ノンフィクションクラブ(1957年)等の「集団」の結成に関与するとともに,そこで活動をおこなっている。こうした大宅のライフヒストリーにおいて最後の部分に位置づけられるのは,「大宅壮一東京マスコミ塾」である。これは,期待をかけていた長男・歩が亡くなった翌年の1967年に開講した。同塾は,大宅が亡くなるまで続き,8期480名の卒塾生を送り出した。
 同塾の一期生であった植田は,次のように述べている。「第一期生は大学生,マスコミ人,主婦など17歳から60歳までいて,大宅さんのいう各大学,各職場の老若男女を精神的に異種交配し,新たな人間の品種を生み出すにふさわしいものでした」。「大宅さんはそれらの様々な人間をひとつの教室に集める」「精神的異種交配によって新しい人間のタイプを造型しようとした」(『出版人に聞く17『週刊読書人』と戦後知識人』論創社,2015年)。このほか他の文献における同塾出身者の記録や同塾の卒塾生にお話をうかがったところでも,大宅は,塾生たちの前で,「ここは人間牧場だ」と言い,異なった考え方の人間を集めて交わらせることで新しいものが生まれるという旨のことを述べていたという。これらに,さまざまな考え方の人間を集めることが創造につながるという発想を見出すことができる。これは,集団での活動に作業効率を結びつける発想とは異なるものである。
 さまざまな考え方の人間を集め創造に結び付けるという発想のルーツを求めることができる重要な文献が,上記『生徒日誌』であろう。これまで『生徒日誌』が取り上げられるときには,少年時代の大宅の苦学やそのなかでの少年雑誌への投稿に重点が置かれることが多かった。対して本研究では,以下のような記述に光を当てる。それはたとえば,1916年6月11日の日記に見られる次のような記述である。「僕は境遇上,学生を始め,丁稚や百姓等あらゆる階級に亘って友を有している」。また同年11月8日の日記では,周囲の生徒を「皆々平和なる田舎の良家に育ちたる者」とし,「小生は不健全なる家庭に育ち,早くより世に出でて多くの人に接したるが為,善悪に関らず知り尽し候」としている。大阪府立茨木高等学校校史編纂委員会編著『茨木高校百年史』(創立百周年記念事業実行委員会,1995年)によると,当時同校の生徒の多くは農家それも地主層の子弟であったという。そうした生徒たちのなかで大宅が,周囲の生徒とは違い幅広い階層の人間たちと日常的に接していたことを,日記の記述から読みとることができる。
 以上,「大宅壮一東京マスコミ塾」という「集団」には,異なった考え方の人間を集めて交わらせることで新しいものが生まれるという大宅自身の考え方が色濃く反映されていた。そして,大宅が少年時代に幅広い階層の人間たちとつながりを持っていたことが,自らとも相互に異なる考えを持つ人間たちの「集団」をつくりえたことのルーツに位置づけることができると,発表者は考える。

付記:本研究の過程では,大宅壮一東京マスコミ塾卒塾生の方々にお話をうかがった。インタビューに応じてくださった皆様に感謝申し上げたい。なお本研究は,日本学術振興会科学研究費補助金(基盤C,研究課題番号15K03855)による研究成果の一部である。