「読書する共同体とナチズムの台頭」
竹岡健一 (会員、鹿児島大学)
ブッククラブは読書の民主化の契機であり、またドイツ・ナショナリズムの隆盛とナチス政権の成立に多大な影響を及ぼす存在でもあった――。著書『ブッククラブと民族主義』(九州大学出版会)で2017年度の日本出版学会賞を受賞された竹岡健一会員による本記念講演会では、大きく1945年以前と1945年以後に時代を区分して、それぞれのパラダイムにおいてブッククラブが果たした社会的機能について、極めて示唆的な報告がなされた。
一般に、ブッククラブとは会員制の廉価図書販売組織を指すものとして知られるが、竹岡会員の報告によれば、厳しい不況下にあった第一次世界大戦後の時期のドイツでは、ブッククラブは伝統的な書籍販売のオルタナティヴとして、そもそもは多様な書籍を読者に安価に提供する「民主的」な存在として機能していたのだという。その意味で、既存の書籍販売業者との軋轢を生みながらも、初期ブッククラブの発展は書籍市場全体の拡大にもつながる歓迎すべき動きであった。
ワイマール期にはさらなる発展を遂げたドイツのブッククラブだが、その後、ナチスの思想統制を受けて一部のブッククラブの活動は妨げられ、一方、ナチスに親和性の高いブッククラブはその思想の普及に大きな役割を果たしていくこととなる。たとえば、資本家とプロレタリアートの間に登場した新中間層たるドイツ民族商業補助者連合を母体とするドイツ家庭文庫は、当時のドイツの「血と土」に根差す作家達を称揚する民族主義的傾向を備えたブッククラブの代表格であった。ドイツ家庭文庫は、同連合の解体後もナチスの出版部門として活動を継続し、ナチスの思想空間において重要な役割を担った存在であったことが、竹岡会員の報告によって明らかにされた。
そして第二次大戦後、ブッククラブ産業は再び大きな商業的発展を遂げ、1960年代後半から1980年代にかけてその最盛期を迎える。ベルテルスマン読書愛好会に代表される戦後のブッククラブは、ある意味では戦前と似たように、読書から縁の遠い人々に本を浸透させることに成功するが、これは1945年以前には読書の「民主化」の役割を担い大きくなっていったブッククラブが、1945年以後は読書の「大衆化」に加担して拡大していった姿でもあるといえよう。その後、同愛好会が販売品目を増加させて単なる書籍販売団体を越えた総合的な「余暇産業」へと発展していき、やがて1980年代以降のブッククラブ衰退へと至るという竹岡会員からの指摘は、出版産業を包括的に考察する上でも非常に重要な視座を与えてくれるものであった。
講演会は予定の終了時刻を過ぎても20名の参加者(会員10名、一般2名、学生8名)からの質問や意見が続き、非常に活発な議論が展開されることとなった。
日時: 2018年7月7日(土) 14時00分~16時00分
会場: 専修大学神田キャンパス 7号館大学院773教室
(文責:山崎隆広)