ショセキカプロジェクトは,大阪大学出版会の協力のもと,大阪大学の教員による魅力的な書籍づくりを学生自身が企画提案し,広報・販売・デザインまで全面的に関わるという,出版社・教員・学生,三者協同の出版プロジェクトである。成果物である大阪大学ショセキカプロジェクト編『ドーナツを穴だけ残して食べる方法 越境する学問-穴からのぞく大学講義』大阪大学出版会(以下,『ドーナツ本』)は2014年2月の発刊時から話題になった。このシンポジウムでは,出版社,教員(大学),学生,それぞれの立場からショセキカプロジェクトについて語ってもらい,その全体像を理解するとともに,「出版の新しい可能性」「教育と出版」について議論を深めた。議論の話題が多岐にわたったため,パネリストの当日の発言要旨と,質疑応答の主な部分を紹介する。
パネリスト:
土橋由明(大阪大学出版会企画推進部)
松行輝昌(大阪大学全学教育推進機構大学院横断教育部門准教授)
山口裕生(大阪大学法学部法学科3年)
司会:
中村 健(大阪市立大学学術情報総合センター)
〈シンポジウム開催趣旨〉
参考)ショセキカプロジェクト
http://www.celas.osaka-u.ac.jp/ourwork/shosekika
〈発言要旨〉
土橋由明
(大阪大学出版会企画推進部)
2014年2月に,『ドーナツ本』を刊行しました。本書は,様々なメディアにも取り上げられ,2014年11月現在第5刷と大変好調な動きをみせております。
大阪大学ショセキカプロジェクトは,大阪大学の教員と学生,そして大阪大学出版会とが一体となって,大阪大学にある魅力的な知の資産を書籍化して,広く社会に伝えようという目標のもと行ってきました。2012年10月には,基礎セミナー「本をつくる」として開講し,プロジェクトの明確化と持続化を図りながら,企画立案,販売・広報活動,デザイン制作を行ってきました。2013年3月には当会出版委員会の企画審査を通過し,正式に書籍化が決定しました。本プロジェクトは,読者でもある学生,著者でもある教員,そして出版社や書店・取次会社などの出版業界の各プレイヤーが,お互いの考えや情報や技法を共有しながら,新しい出版のかたちを目指している点に特色があります。例えば,文系学生と理系学生の編集チームによる分野を横断した校正作業や,学生主体ならではの,「差別化・意外性・社会的受容性」を生かした広報・販促活動などを行ってきました。また,本書の刊行前,刊行後における書店展開やメディアへの発信をあらかじめ想定し,授業段階から各担当者を講師として招き,話題となるような情報提供やお互いの連帯感を醸成してきました。さらに,学生にとっては「学生主体のユニークな活動・ビジネス体験」,教員にとっては「アクティブ・ラーニングとしての可能性」,出版社としては「読者・著者・出版社の三位一体による新しい出版スタイルと販売・広報戦略の確立」というストーリーに立脚し,多彩なアプローチで協働してきました。
今回のショセキカプロジェクトを通して,母体大学である大阪大学との関係性も,より深まったと考えています。広報面では,大学広報室との連携により,各メディアへ特色ある大学の活動としてプレスリリースを発信し,協働型のユニークな教育活動として注目を集めることができました。また,本書の印税の一部を,「大阪大学未来基金」へ寄付することで,大阪大学の知の資産をいかした本づくりを通じ,その成果を再び大阪大学に還元し,発展に寄与することができたと考えております。大学と社会をつなぐアウトリーチ面においても,大学出版部として参画することで,お互いの利点を生かしながら,出版を通じた社学連携活動を行うことができました。
松行輝昌
(大阪大学全学教育推進機構大学院横断教育部門准教授)
近年アクティブ・ラーニングの重要性が強調されていますのには,「大学全入時代」における学力低下,社会構造の変化に伴い,社会から大学時代に求められる能力が変容していることが背景にあります。大阪大学でも多くのアクティブ・ラーニングに分類される教育プログラムがありますが,ショセキカプロジェクトの特徴は非常にインテンシブなものだということです。学生,教員,出版社ともに負荷が大きく,そのかわり達成感,社会へのインパクト,学生の成長度は高くなります。参加学生のうちプロジェクトの最後まで残ったのが約1/3と「生存率」が低いというのが特徴です。実はこのプロジェクトをはじめる前に大阪大学には正課と連動した学生の主体的な活動が盛んになっていました。「パンキョー革命」というのは学生が主体になって共通教育の改良を行うプロジェクトです。「サイエンスルー」というのは大学院の授業から生まれた学生団体でサイエンスアウトリーチ活動などを行っています。こうした学生主体の活動が盛んであるという土壌があり,ショセキカプロジェクトというある種インテンシブなプロジェクトがそれを加速させていく役割を果たしたと言えると思います。これまでも学生が書籍をつくるプロジェクトは立花隆氏,伊丹敬之氏,伊藤元重氏はじめ数多くありましたが,それらに比べても学生のコミットメントの度合いを高めたものであったのではないかと思います。
私が拘りましたのはなるべく商業ベースでプロジェクトを進めるということです。著者は印税を受け取りますし,助成金はありませんでした。学生にも金銭的報酬をと思いましたが諸事情でかないませんでした。その代わりに,売り上げの一定の割合を大学に寄付し大阪大学コミュニティに金銭的な形で還元することにしました。商業ベースで行うメリットは色々ありますが,やはり学生は本気になります。自分が携わった本が本屋に並ぶとなると強い責任感を持つようになります。また,プロジェクトが成功した場合には次の企画の芽が出て持続可能性が生まれます。実際ショセキカプロジェクトの第2弾が動き出しています。
今回の経験からアクティブ・ラーニングと出版の相性がいいのではないかと感じています。学生でもセンスがあればインパクトのある本を出すことは可能だと思います。現在,大阪大学学生の書籍企画をいくつか出版社に持ち込んでいますが,既に1件出版が決まりました。また,今年の4月から「ブックコレクション ~書評対決~」という毎月教員と学生団体が5冊の書評を書き,生協書籍部での売り上げで勝負を決めるという企画を始めました。学生の選ぶ本や書評の質の高さに驚いているところです。現代の学生の持つ知識には驚くべきものがあり,それを出版という形でも世に出せればと思っています。
山口裕生
(大阪大学法学部法学科3年)
『ドーナツ本』を去る2月14日に出版し,新たなアクティブ・ラーニングの形としても注目を集めたショセキカプロジェクトについて,参加学生の視点から,活動を経て得られた知見について発表を行った。
『ドーナツ本』の出版までに学生が行ったことは,おおまかに①企画,②編集,③広報・販売の三つに分けられる。まず①では直接著者候補の阪大教員に依頼を行いながら,学生が一から企画を立ち上げた。それらをコンペ形式で発表し,特に優れた案を選び出した。次に②では,ショセキカプロジェクト内での活発な討議により,より良い本にするための様々なアイデアを生みだし,積極的に本に盛り込んだ。最後に③では広く世間に成果を公表し,売り上げにつなげるため,学外の様々なメディアと交渉し広報活動を行った。これにより,本の情報が社会へ広まり,特にインターネットによる拡散は目覚ましいものがあった。
結果,魅力的なタイトルや活発な広報活動も相俟って1.6万部という大きな成果を上げることができた。この成果は学生の大きな自信となった。
この成功の一つの要因には,参加者の多様性が挙げられる。ショセキカプロジェクトには幅広い学年・学部の学生が参加していた。これにより,例えば編集作業は各自の専門分野を活用することで効率的に行うことができた。普段の学習を生かすことによって,専門への興味や理解もより深まったのではないだろうか。さらに,各学生の興味も分散していた(編集,広報,デザインなど)ことから関心に合わせて役割分担も行われたことにより,モチベーションの維持もできたと考えられる。互いの特性を把握しながら自分のやりたいことを実現するということは,組織で働く力を養うのにも役立ったはずである。
こうした長期にわたるプロジェクトに関わることにより,多くの人との交流も生まれた。これは普通の学生生活では得ることのできない大変貴重な経験であった。また,活動を経て将来の進路を変更した学生もいる。学生の職業観を養うという点でも,今回のプロジェクトは大きな寄与をしたといえるだろう。
私個人としては,こうしたプロジェクトが様々な大学に広まってほしい。もちろん,今回のように大きな成果が出たことは奇跡のようなことであるが,このようなチャレンジが広く行われるようになれば,多くの学生に活躍の場を与えられ,各大学の魅力の発信に資することだろう。
〈質疑応答等〉
大学の出版会による新しい可能性とアクティブラーニングの2点を主軸に質疑応答が行われた。
まず大学生がアクティブラーニング形式で出版に関わったことの有意義な点として日本の出版業界の構造が移行する時期に来ていると考えられるが,学生の力を借りることは有効な手段ではないかという意見があった。学生がこれまで出版業界の構造に関係がない点や様々な知識・情報・感性をもった若者読者のニーズを取り入れることが出来るからという理由による。また,電子出版の主な読者層が学生であることも挙げられた。
ショセキカプロジェクトにおいて,アクティブラーニング形式の授業を行ったことに関して参加学生の意見として,通常の200人規模の大講義だと学生は積極的には質問等をしないが,プロジェクトでは人数も少ないこともあり,学生が積極的に発言し自分自身の役割を探すといった報告があった。ここでは,教員はサポート役に回り適宜アドバイスをするという形態であった。このプロジェクトに参加した学生のほとんどは出版には全く縁がなかったが,将来的に出版に関わりたいと思うようになったものも少なくない。アクティブラーニングはアルバイトの仕事とはどのように違ったのかという質問に対してプロジェクト参加学生の意見としては,仕事の場合は上下関係が明確にあり,上からの指示のもと作業を行うが,このプロジェクトでは,学生・教員・出版社の三者が対等な立場で互いに意見を出し合うという環境であったということであった。
プロジェクトを授業として行ったことの利点についての質問に対しては,教員側の意見として,プロジェクトに参加を希望するような学生は意識が高く活発であるので,非常に忙しいと考えられるため,単位化することで強制力を持たせ,学生の中での優先度を上げることが重要であるとのことであった。また,授業外のプロジェクトだと敷居が高いと感じるが,授業であればオープンなものであると受け止められることもプラス要素に働いた。
大学出版会の今後の展開について質問があり,大学出版会の意見としては,母体大学の意向に左右される傾向にはあるが,今回のプロジェクトベースの出版物を社会に出していきたいという意向はある。理由としては,大阪大学の学生は意識が高く,このようなプロジェクトのものは非常に売れる可能性が高いと考えているということである。また,出版物の広報に関する議論として,SNS,2ちゃんねる,新聞書評,テレビなどの反響の違いについての質問があり,新聞書評に載ったときの反響が一番大きいということが参加学生から報告された。理由としては,新聞に対する信頼度の高さが考えられる。また,テレビやラジオに比べて,情報が常に目に付きやすいところにあることも大きいのではないかと考えられる。このほか,学生に対しては,SNSでの影響力が大きいということが経験できたと参加学生の発言があった。特に有名な人のSNSからの情報発信の影響力が大きいのと,受け答えのやり取りの面白さも重要であると感じられたという意見も付け加えられた。
今回のプロジェクトを行ったことによって参加学生の生活の変化について質問があり,学生自身はさほど変わっていないと感じているようであるが,教員からは学生の意識が変わったと考えているという意見があった。また,こういうプロジェクトを行うことで学生の意識を変え,自信を持ってもらうことは学生のポテンシャルを発揮するためにも重要であるということも付け加えられた。
フロアからの大阪大学関係者以外の本の購入者についての質問では,対象は大学1,2年生あたりを想定していたが,中高年層の購入者も意外と多かったという答えであった。理由としては,本のテーマが中高年層にとって昔から興味があるような内容であったことが挙げられる。また,本が売れた成功要因は,学生企画であることについて担当教員はどのように考えているのかという質問があり,学生が編集の一部に携わったことが一つ挙げられるという回答があった。関東・関西での売れ行きについては,出版市場の規模の関係もあり関東の方が多かったということである。
このプロジェクトに参加した学生に対して,本屋に行った時の目線が変わったかどうかについての質問に対しては,当該学生はカバーデザイン・帯デザイン・目次等をちゃんと見るようになったという回答であった。また,店頭のPOPなどにも目が行くようになったということである。
プロジェクトの参加学生が脱落した理由については,学生をグループに分けてコンペ形式にした際に採用されなかったグループの学生のモチベーションがなくなったこと,グループの人間関係やプロジェクトが1年半に及んだことが挙げられた。
(〈質疑応答等〉文責:村木美紀)