樋口清一
(日本書籍出版協会事務局長)
1.日本の著作権法上,出版者が利用可能な権利
(1)編集著作権,職務著作
編集物で素材の選択または配列に創作性を有するものは,編集著作権が認められ,また,出版者の編集部員が業務として作成した記事や図版,写真等で法人の名において公表されているものは,職務著作として,出版者に著作権ならびに著作者人格権が認められる。
このように出版者自身が著作権を有する場合は存在しているが,これらは,出版者がたまたま「著作者」であったがために権利を有することになる場合であり,出版者の特質や役割に対して固有の権利が付与されているものではない。
(2)出版権
「出版権」は,本来著作権者が有している「複製権」の一部である「出版権」を,出版契約によって,出版者に「設定」し,出版者に独占的・排他的な利用を認めるものであり,文化庁に登録することによって,善意の第三者に対する対抗要件を備えることができる。出版権の設定契約は,日本書籍出版協会の調査によれば,新刊書籍全体の60%以上について行われていると推計されるが,登録は年間数件しか行われておらず,現実のビジネスは,登録しなくても特に支障なく回っている。
2015年1月から,出版権の設定範囲が電子出版物にまで拡大された。この著作権法改正によって,公衆送信権の独占を内容とした「二号出版権」が,従来の紙媒体の出版物に,CD-ROMやDVD等の有形の媒体に格納されて流通する電子出版物を加えたものを「一号出版権」と並んで認められることとなった。
2.海外における立法例
一方で,欧州等の各国の法制では,イギリスにおける「発行された版の印刷配列の保護」,ドイツの「未発行の著作物等を発行した者に対する保護」,フランスの「未発行等の著作物を発行した者に対する保護」等があり,またドイツ,フランスの立法では出版契約の内容において,出版者の地位を保護している規定が置かれていることは注目に値する。
3.近代著作権法成立と出版慣行
欧州における,著作物の権利保護は印刷・出版業者に対する特権保護から始まり,その後,基本的人権思想の高まり(その背景には王権が独占していた特権付与権限に対する近代ブルジョアジーの表現の自由確保の必要性があった)を受けて,著作権者の権利としての著作権制度が発展していったことは周知の通りである。
このように著作権制度は著作者のもつ著作権を基礎に組み立てられていったが,出版活動の実態としては,伝達者である出版者の安定的な活動なしには,著作物の流布は考えられなかった。したがって,出版契約においても著作者は出版者に権利を独占的に付与するという慣行が自然と成立していったと思われる。しかし,日本では明治32年の著作権法成立時において,欧米の出版契約における慣行を同時に取り入れることをしなかったことが,その後の日本の出版界において出版契約の軽視を招いてしまったということは,重要な問題点として指摘されるべきである。
4.電子出版時代の出版者の権利確保
(1)著作隣接権創設の可能性
1990年に出された著作権審議会第8小委員会報告書では,著作隣接権として出版者の権利創設が妥当との結論が出たが,利用者団体の反対で法制化にはいたらず,電子化の進展に対応した出版者の法的保護の在り方を検討した,2014年の文化審議会著作権分科会出版関連小委員会では,隣接権創設は最初の選択肢としては掲げられたが,審議の早い段階で出版権の電子出版への拡大という方向に絞られてしまった。
2016年3月から6月にかけて,EUにおいて出版者に著作隣接権を与えるべきかどうかについて公開質問が実施され,その後これに関する議論が行われていることは,これまで隣接権創設に冷ややかであった欧州の出来事として注目に値する動きである。
(2)出版契約の見直し
欧州における出版契約は,譲渡契約が基本であるが,実際の契約では,当該出版物の刊行が途切れた場合には,その権利は著作権者に戻ることを認めている。このように出版物の発行に限って言えば,日本の出版権設定との差は実はそれほどないともいえる。むしろ,欧米の出版契約では,出版に付随した副次的な権利等も出版者が一括して預かり,著作権者の代理人として総合的なビジネス展開ができるものであることに大きな意義がある。これは,プラットフォーマーやデジタルコンテンツの制作あるいは流通会社等,新たなプレーヤーとの契約において重要な意義を持つ。
日本の出版界では,伝統的に著作者の意思を尊重する風潮が強いが,著作物の流通チャネルの多様化が進む中にあって,その著作物の価値を最大化することを目指すという意識が出版者,著作者の双方に必要であり,出版契約の見直しも検討に値するものであるといえよう。