出版の国際化を背景とした産業育成策の現状と検討
植村八潮
(専修大学文学部教授)
出版国際フォーラムのテーマ発表は2日目の朝から開催された。第2セッションは,「出版産業と国家発展」をテーマに韓国,日本,中国の順での発表となった。最初の登壇者であるノ・ビョンソン(Hyupsung大学教授)「図書出版産業と国家発展:韓国の発展状況を中心に」の発表では,必ずしも発表者の意図ではなかったものの,韓国出版統計調査が未熟な点が,出版研究における課題として明らかになった。
引き続き,日本の総務省,経済産業省,文化庁などによる実証調査や補助事業,さらに「出版デジタル機構」の設立などの経験を元に「出版の国際化を背景とした産業育成策の現状と検討」と題した発表を行った。
近年の国際出版フォーラムにおいては,〈デジタル化〉が一貫してメインテーマに関わってきたが,今大会では,これに加え〈国家による産業育成策〉が個別テーマとして韓国から提案されていた。質疑応答でも,中国,韓国が強い関心を持っていることを感じたしだいである。
出版産業は,国力の基盤をなす知識・教育,情報の生産・流通,言論の自由を支えるメディアであり,産業規模を超えた極めて重要な存在である。それだけに電子書籍の進展は,知識・情報流通に大きな変革をもたらし,社会や文化,国家のあり方に大きな影響を与えることになる。このような状況のなかで,米国巨大IT企業の手によるプラットフォームが情報流通基盤を寡占しつつあることは,言論表現の観点からも看過できない。
世界の主要国が電子書籍や図書のナショナルアーカイブに大きな関心を寄せ,文化政策・産業保護政策の観点から,著作権法改正などの制度整備や補助金事業などに重点的に取り組んでいる。
一方,これまで日本の出版産業に対する法的保護や産業育成策はなかったといってよい。出版業には,いわゆる「業法」がないことも指摘できる。実際に,日本の出版界は,マンガを除いて海外展開した事例は少なく,書籍出版においてはほとんど国内市場にとどまってきた。オンライン書店も電子書店も国内市場のみを相手にしており,この点が,国際市場を相手に出版システムを鍛え上げてきたアマゾン社やグーグル社との大きな違いである。海外出版社も日本語という言語の参入障壁にはばまれ,日本国内での出版活動は近年まで例がなかった。特段の,産業育成策を図らないでも,日本語言語による出版市場は,十分守られてきたのである。
さらに日本の出版界は,雑誌ジャーナリズムを持つことから,時には公権力と対峙することもあり,言論表現の自由・出版の自由の観点から,長年,政府と一定の距離を保ってきたことがある。
このような状況を背景に,国家と出版界の関係性に注意を払いつつ,出版産業の育成策が求められていることについて報告したしだいである。