デジタル時代に入り込む伝統出版
任 火
(河北聯合大学出版管理センター)
中国のデジタル出版産業における総生産額は,2000年の15.9億元から増大を続け,現在は1000億元の大台を突破している。これに伴い,デジタル出版は伝統出版をかつてない危機に追い込んでいる。デジタル出版は,原稿の審査や編集,印刷の過程を経ずに刊行をすることができるため,即時性を有し,インターネットなどにより配信されるためにコストもかからない。
しかし,デジタル出版のもつ即時性,随意性,断片性という性質は,読むことを「浅く読む」という文化にしてしまった。出版の本質は,「深く読む」ことのできる価値ある文化を広く伝え,蓄積するものである。そして,デジタル出版とは新技術の産物ではあるが,これが決して新しい出版モデルではないということである。紙媒体はその時代に適した媒体の一つであって,科学技術の進展により新しい媒体が生まれてくるのである。変わったのは出版における技術であり,紙の出版においても,デジタル出版においても,出版の理念が変わったということではない。
我々が伝統出版を核心とする現代的な出版モデルを構築するためには,積極的に新しい出版の方法を探求し,それによって利益の最大化を図る必要がある。これらを怠れば,おそらく我々は時代に淘汰されてしまうであろう。
デジタル革命の視点から見た出版
尹世●(●=王+民)
(敬仁女子大学教養学部教授)
今日,全世界の出版界はデジタル革命によって即発された出版パラダイムの巨大な変革期を迎えている。デジタル技術を基盤にした媒体間の融合と変異が急速に推進され,出版産業は大きな岐路に立たされている。しかし,人類の文化と知識の発展の根幹をなしてきた中心媒体が出版であることは否定することのできない事実である。
読書環境と方式も革命的に変容している。文章を読んで理解する既存の文字中心の読書から視聴覚中心の読書へ,深化型から拡散型読書へ,一方向から相互型読書へと相互変化をしている。
紙の本であれ,電子書籍であれ,出版の本質は決して変わることはできない。一冊の本が作られ,読者に読まれるまでに注ぐ出版社の献身と情熱,そして文化的な創意性は決して変わるはずはない。したがって,今まで出版が担い続けてきた役割と機能に対し,出版人自らが誇りと責任意識を持って,新時代にふさわしい方式での出版を継承し,発展させていくべきであろう。
日本における電子出版の進展と電子納本制度の課題
湯浅俊彦
(立命館大学文学部教授)
国立国会図書館に「電子納本制度」導入を提唱した納本制度審議会の答申「オンライン資料の収集に関する制度の在り方について」を手がかりに,図書館資料としてのオンライン電子出版物の収集と利用について検討し,デジタル革命の視点から転換期におけるメディアとしての電子出版を位置づける。
2009年10月,長尾真国立国会図書館長は,「図書,逐次刊行物等として発行した資料を,従来の出版と同様の編集過程を経つつ,インターネット等を通じてのみ出版する事態が急速に進展しており,これらの資料を包括的に収集することができない状況が続くと,出版物の収集を通じた『文化財の蓄積及びその利用』という納本制度の目的が達せられないおそれがある」と諮問している。
電子出版をこれまでの出版学の延長線上に考えるのではなく,文字,音声,静止画,動画など「デジタル・コンテンツ」の生産,流通,利用,保存を研究する学問領域として,本や雑誌だけでなく新聞,放送,通信などのメディア間の融合,博物館・美術館,文書館,図書館の所蔵資料のデジタル・アーカイブ化を視野にいれて調査・研究を行う必要があるということである。電子出版ビジネスと図書館事業の利害調整を行い,デジタル・コンテンツのそれぞれの役割を再確認することが喫緊の課題であることは疑いえない。
質疑応答
「ネットワーク系電子出版物に“放送番組”“音楽・動画配信”を定義に含むことができるか」について。中国では,伝搬や複製を行い受け手に対して見られる状態にすることから,出版の定義に含めている。韓国では,放送やオーディオ等は視聴覚媒体に含まれると定義している。
「表現の自由」について。中国では日本との制度面での違いはあると思う。これは13億人もの国民をもつ国を安定させなければならないためであり,言論に対しては(制限とまではいえないが)ある一定の監督や管理が存在している。長年にわたる封建の時代を経ているため,すぐに近代的なものに変わることは難しいが,インターネットの進展に伴い,今では中国の言論も自由になってきている。韓国では,かつて規制の対象であり,それが電子出版にまで及ぶのではないかとの懸念もあった。反社会や反国家といった内容の出版物は,刊行物倫理委員会において刊行禁止や有害図書の指定がなされていたが,最近,この委員会が出版産業振興委員会となった。つまり韓国においては“規制”の対象ではなく,“振興”の対象となったのである。
(文責:石沢岳彦)