第40回日本出版学会賞 (2018年度)

第40回 日本出版学会賞審査報告

 第40回日本出版学会賞の審査は、「出版の調査・研究の領域」における著書および論文を対象に、「日本出版学会賞要綱」および「日本出版学会賞審査細則」に基づいて行われた。今回は2018年1月1日から同年12月31日までに刊行・発表された著作を対象に審査を行い、審査委員会は2019年2月12日、3月26日の2回開催された。審査は、出版学会会員からの自薦他薦の候補作と古山悟由会員が作成した出版関係の著作および論文のリストに基づいて行われ、その結果、日本出版学会賞1点を決定した。また、清水英夫賞(日本出版学会優秀論文賞)の審査を行い、第2回清水英夫賞1点を決定した。


【日本出版学会賞】

横田冬彦 著
『日本近世書物文化史の研究』
(岩波書店)

[審査結果]
 本書は、江戸時代における書物の文化について、これまで著者が発表してきた諸論考をもとにまとめたものである。ひとつひとつ独立した論考でありながら、本書全体統一された調和が保たれている。それは、本書を仕立てるにあたって丁寧に手を入れ直していることにも拠るが、それよりも、諸論考が著者の一貫した問題意識に貫かれていることが大きい。
 それは、まず、幕藩体制の確立期である元禄・享保期という時代へのこだわりである。この時代は出版文化の確立期でもあると著者は捉えるが、それは、同時に書籍受容者すなわち読者層の変化を意味するはずであると著者は考えるのである。本書所収の諸稿を貫く課題は、この読者層をどうやって把握しうるかというところにある。そして、従来、書籍受容者という受け身の存在として捉えられてきた被支配者側の読者たちであったが、新たな時代を形成していく主体的な存在として捉え直すことで、従来の歴史認識を塗り替えようというところに著者の狙いがある。このいわば冒険的試みを着実に成し遂げたのが本書なのである。
 この時代の民間の史料は数少ない。本書所収の各稿で用いた史料いずれも新発見の史料というわけではない。むしろ河内屋可正や依田長安、また森長右衛門や伊能景利関係の史料にしても、すでにそれぞれ研究が備わる有名なものである。だからこそすごいのである。これまで学界周知の史料を丁寧の上にも丁寧に再検討し、これまでの研究が紡ぎ出せなかったこの時代の主体的読者像を本書は明確に描き出している。著者は、これら史料群のそれぞれ全体を網羅的に読み直し、それぞれの家の社会的位置付け、家族構成、生活様態等々を把握しつつ、民間の読者たちの具体的な姿を捉え、彼らの読書の実態と意義とを考察していく。これだけで終わってしまうと、個人的な営為である読書の事例の単なる羅列であるが、著者の本領、これまでの研究にはなかった本書の優れた成果は、これら個別事例を相互に照らし合わせながら、ここから時代における普遍性を提示しているところにある。それは、ここに、益軒本の読者の具体像、貝原益軒の時代に果たした役割が揺るぎない形で示されることでもあった。
 丁寧な達意の表現をもって、ぐいぐい知的興奮に引き込んでいく叙述、揺るぎない万全の考証は他になかなか見いだしがたいもので、紛れもなく近年における歴史関係書籍の中の白眉である。
 以上、近世出版研究における専門家の知見も仰いだ上で審査の結果、日本出版学会賞にふさわしいものと判断した。

[受賞のことば]
 横田冬彦

 この度は、私の研究書に対して、日本出版学会からこのような賞をいただけることになり、私にとって、またこの本にとっても大変光栄であり、心から感謝申し上げたいと思います。
 私の本は江戸時代の出版文化を扱っていますが、その基本視点というか、一貫した主題は読者の側から考えるということです。ご存じのように、江戸時代初期に版木印刷による大量出版、そして商業出版がはじまりました。このことは、読者が一部の貴族や寺僧たちに限らず、広く庶民階層にまで広がったことを意味します。庶民が本を読むようになったということは、どういうことか。それは、自分の体験や直接の見聞という身の回りの世界を越えて、自分が見たこともない世界があることに気づき、本の中には思いもよらなかった人生がありうるということを知ることであり、人々が経験知だけでなく、書物知をも素材にものを考えるという、新しい思索の時代がはじまったということでもあります。
 そんなことが、どのようにしてわかるのか。この本では、昔の庄屋さんの家の土蔵からでてきたような、村方・町方の古文書をあつかい、そこに残された埃にまみれた蔵書や蔵書目録から彼らがどんな本を読んだのか、そして彼らの日記からどのように本を入手し、それはいくらくらいだったのか、あるいはそれを寝転がって読んだのか、何人かで集まって読書会をしたのか等々。また、読書ノートのような覚書も残されており、さらに、彼らが書いた子供への教訓書や遺言書、農業や商家の経営記録やさまざまな覚書、あるいは村の記録・村の歴史、そういったものの中に、本の一節が引用されていたりします。その時、その本の中で彼らが共感したり、しなかった部分はどこか、そしてそれらがどのように紡ぎ合わされて、彼らの思想が形成され、表現されているのか、そのような形で、彼らの読書の痕跡を復元していきました。
 さて、そのような庶民読者が生まれたことは、出版文化にとってどのような意味があるのか。一つだけ事例を挙げたいと思います。
 高校教科書に日本で最初に出版された農業書として出てくる『農業全書』。全部で10冊450丁900頁に及ぶ大作で、今の活字本にしてもA5判400頁以上にはなると思いますが、これを柳枝軒という京都の出版社が出したときには、ほんとうにこれが農民に売れるのか、とても不安だったろうと思います。百姓が本を読むのか、まして農業はそれぞれの地域の気候や風土に独自な知恵が伝えられているなかで、本から知識を得られるなどと思ってくれるか。とりあえず、10頁の口絵を付ける、すべての漢字にふりがなを付ける、水戸黄門の推薦文を貰うといったこともしますが、画期的だったのは次の二つです。
 一つは、今の文庫本の最後にある別のライターによる解説のように、これに附録11冊目として解説文を付けたことです。この本が古代以来の長い農政の歴史のなかで今どういう意味を持つかという少し難しいことから、実際の農作業では、この本がいう植え方や肥料などをそのままではなく、3種類くらいのバリエーションでもって実験的にやってその土地にあうように調整するとか、郡奉行などの為政者が凶作や飢饉対策として読む時の注意点とか、要するにその本の読み方・使い方を丁寧に説明しています。
 もう一つは、本の表紙見返しに、見開きで書肆柳枝軒の口上をつけたことです。そこには、この本に載っていない作物もあるだろうし、特別な栽培法を工夫している人もいるだろう。それならそれを書き付けて、伊勢参宮や西国巡礼に行く人に託して、京都の柳枝軒へ届けてくれないか。それを集めて続編を作るからというのです。実際柳枝軒は、次の農書を刊行しているし、これ以後、『農業全書』を基準としながら全国で新しい地域農書が生まれていく。この呼びかけは、読者の声を集めることであり、読者を次の作者にしていく、そういう文化の循環構造を作っていくことでもありました。
 作者が原稿を書いてそれを印刷すれば本はできるというものではなく、どうすれば読んで貰えるか、それを読むような新しい読者をどのように育てるかということを考えて本造りをする編集・制作という役割がこの時、同時に生まれたのです。
 それから今日まで400年の出版文化の時代が続いてきましたが、その成立期をあきらかにすることは、それが大きな転換期を迎えている今日においても、何らかの示唆を与えることがあるのではないか、というのが私の思いでした。その意味で、繰り返しになりますが、研究者の方だけでなく、現在、出版の現場を担っている方々をふくめたこの学会から評価頂いたことは、そのような私の思いも理解していただいたのかと、ほんとうにうれしく、励みになることでした。ありがとうございました。

 


【第2回 清水英夫賞(日本出版学会優秀論文賞)】

栗山雅俊 著
「「出版の自由」と「出版の倫理」に関する一考察―新しい「出版の倫理」再構築のために」
(『出版研究』47号掲載)

[審査結果]
 過去2年の『出版研究』に掲載された論文を対象にした「清水英夫賞(日本出版学会優秀論文賞)」は、将来性に富む優れた研究論文を顕彰することを目的としている。第2回目の今回は、『出版研究』47号および48号所収の4つの論文を審査対象とした。
 審査の結果、栗山雅俊氏の「「出版の自由」と「出版の倫理」に関する一考察―新しい「出版の倫理」再構築のために」(47号掲載)に第2回清水英夫賞を授与することとした。
 本論文は言論・出版の自由と報道の自由・倫理との関係について、ミルトンやミルの古典に立ち返って検討し、言論・出版の自由の問題については、古典や20世紀初頭の議論を基礎に、現代的な課題を議論する重要性を指摘している。現代的な課題として、古典において既に触れられていた「何かのための自由(積極的自由)」について、個別の課題ごとに対応し、また検討すべきであるとする。このように、出版の自由・倫理について「今後のあるべき仕方の大枠」を示した点で評価したい。ただし。問題提起で終わっている感もあり、今後の展開を期待したい内容となっている。残念ながら栗山氏は2017年4月に逝去されており、氏による課題へのさらなる掘り下げは叶わぬこととなったが、本論文で提起された課題について、今後、より若い研究者が栗山氏の分析を発展させ、新たな検討を進めることも期待し、栗山氏に清水英夫賞を授与したい。