第17回日本出版学会賞 (1995年度)

第17回日本出版学会賞 (1995年度)

 第17回日本出版学会賞の審査委員会は,1995年11月10日から96年4月22日までに,計6回開かれた.審査作業は,審査委員会の委嘱により古山悟由,篠塚富士男,平井紀子会員が収集した対象期間内出版関係著書・雑誌論文リストおよび会員からのアンケートによる推薦,各審査委員の情報を基礎にして行われた.その結果,いくつかの雑誌論文に関して将来の展開が期待されたものの,今回授賞の対象とするまでには至らなかった.また単行本では岡村敬二著『遣された蔵書』(阿吽社),杉原四郎・岡田和喜編『田口卯吉と東京経済雑誌』(日本経済評論社)が力作として注目されたが,出版に関する研究とするにはやや無理があることから結局は対象外とされた.
 また並行して,京都出版史編纂委員会編『京都出版史 明治元年―昭和二十年』(社団法人日本書籍出版協会京都支部)および京都書肆変遷史編纂委員会編『出版文化の源流京都書肆変遷史 江戸時代―昭和二十年』(京都府書店商業組合)の2著がとりあげられ,共に出版研究に寄与する基礎資料編纂の意義が評価された.このうち前者は91年3月に刊行され,すでに今回の対象期間から外れているが,次に述べるように資料の地域性と時間性において後者と連続性をもち,かつ相互に補完しあう関係にあるものと考えられるので,このたび両者を1組として特別賞とすることに決定した.


【特別賞】

 京都出版史編纂委員会編
 『京都出版史 明治元年―昭和二十年』(社団法人日本書籍出版協会京都支部)
 京都書肆変遷史編纂委員会編
 『出版文化の源流京都書肆変遷史 江戸時代―昭和二十年』(京都府書店商業組合)

 [審査結果]
 日本における営利出版業の発祥は京都で,それは17世紀初頭のことであった.専業書肆の発生は,室町・戦国時代以来の寺院版印刷の技術的伝統を保持してきた,京都町衆の文化的・技術的・経済的遺産の継承に起因している.近世期に刊行された書物の大部分は三都(京都・大坂・江戸)で版行されたが,近世初期の出版文化を支えたのは京都であった.寛永年間にはすでに100軒余の書肆の存在が確認されている.その後大坂,江戸の興隆に伴い,享保年間頃から新刊書の刊行点数は逆転し江戸に追い越される.だが重版・重刷を考慮に入れると,近世期を通じて出版活動は京都三都中首位を占めていたといっても過言ではなかった.近代に入ると明治初年を境に出版も東京に集中し,京都の地位は近世期に比して低下する.しかし伝統的文化都市,学都としての利点を活かし,宗教書・美術工芸書・学術書などに特徴をもった出版活動を展開してきた.このように京都には輝かしい出版文化の歴史があるにもかかわらず,近世・近代の出版と書肆(出版社)に関する研究は必ずしも盛んであるとはいえなかった.近世期については,『京阪書籍商史』・『近世京都出版文化の研究』・『未刊資料による日本出版文化史第一巻』などの労作もあるが,近代期については匹敵するような纏まった著作はなかった.また近世・近代期の成果を一つに纏めた著作も存在しなかった.『京都出版史』・『京都書肆変遷史』は,そうした現状に一石を投ずることが目的とされている.
 前書は明治以降在京都出版社の編年体刊行書目録,後書は近世の書肆・近代の出版社の歴史的変遷に重点を置いたハンドブック的な書といえる.そして両書共に基礎資料たるべき役割を重視し,十余年の歳月をかけ丹念に資料を発掘して完成した労作である.今後両書を併用することにより,京都の近世・近代出版史は深化することと思われる.組合関係記録が早くに散逸し,基礎資料の欠如が研究の深化を阻害している現状の中,こうした基礎資料を編纂した意義は極めて大きいといえるであろう.今年2月当地で開催された「日本出版文化史展」も,こうした地道な努力の集約と考えられる.両書と展示会が口火となり今後各地で同様な企画が立案され,地域出版史を核として近世・近代の出版文化史の進展に寄与する成果が豊かに結実することを望みたい.両書の編纂の任にあたられた関係各位の御努力に対し,深い敬意を表する次第である.

 [受賞の言葉]

 今年度の日本出版学会賞を受賞した『京都出版史 明治元年―昭和二十年』は,日本書籍出版協会京都支部の有志14名で編集をはじめ,結局13年の歳月をかけて平成3年3月に一応の完成を見た.
 『京都出版史』の具体的なイメージづくりを相談し合ったのは,丁度江戸文化の多岐にわたる見直しがはじまった時期で,三都の出版文化についても例えば脇村義太郎氏の『東西書肆街考』のようなユニークな研究が発表された頃であった.わたし達は,江戸期の研究が,いずれ明治,大正期へと引き継がれるだろうこと,そして明治があまり遠くならないいまの時点で,その基礎資料を整理しておきたいこと,などを確認し合って仕事をはじめた.
 ワープロやフロッピーは出現しておらず,カード作成は19,000枚を超した.重複や脱落の訂正,度重なる校正,最後の索引などどれも気の抜けない作業であった.そして寸暇をさいたボランティアでは長期にわたらざるを得なかった.
 特に発禁書目録の項を作ったのは,大正後半になって内務省による言論弾圧が激しくなり,特定の宗教団体の出版活動や思想書出版が,根こそぎ発売禁止になるなど,次第に社会が暗黒化へと傾斜していく戦前の過程を残しておきたかったからだ.
 今回,京都府書店商業組合刊行の『京都書肆変遷史』と共に賞を受けたが,その審査のご報告に,この2月に京都で開催された『日本出版文化史展』とも視野に入れて,地域の出版史を核とした近世・近代の出版文化史の構成へのいささかの寄与について言及下さった.関係者一同予期せぬことに恐縮すると共に,わたし達の仕事に対する評価をありがたいことと,感謝申し上げる.
 (渡辺睦久 日本書籍出版協会相談役・元京都支部長)

 『出版文化の源流 京都書肆変遷史 江戸時代―昭和二十年』が日本出版学会より特別賞表彰されて,ここに受賞の言葉を述べます.
 去る5月18日,日本出版学会(吉田公彦会長)総会において「出版研究」に寄与する基礎資料編纂の意義を評価され『京都出版史明治元年―昭和二十年』(社団法人日本書籍出版協会京都支部)と併せ特別賞として表彰されました.思えば,十余年前に京都府書店商業組合創立100周年記念事業として先輩の偉業を集大成してはどうかとの発案があり,編纂委員会を組織し,組合挙げて資料収集に着手,しかしながら組合事務所の移転等も含め組合関係記録が散逸し,管理が充分でなく組合員からの情報をもとに,諸関係からの丹念な聞きとり調査を重ねて完成したものであります.その間の編集担当者,編集委員の苦労を多とするものでありますが,それにも増して出版学をご専門に研究される先生方で組織される権威ある出版学会より高い評価をいただき研究に多少とも寄与できたことは望外の喜びとするところでございます.これを機に一層の研鑽を重ねて参りたいと存じております.
 最後に総会を傍聴させていただき次々と発表される研究成果と格調の高い意見(学説)発表等感激そのものでありました.今後共会員先生方のご活躍と日本出版学会の益々のご発展を心から祈念申し上げます.
 (片山修己 京都府書店商業組合理事長)

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