第16回日本出版学会賞 (1994年度)

第16回日本出版学会賞 (1994年度)

 第16回日本出版学会賞の審査は,前回審査委員会の提言をうけて本年度第3回理事会で改正された日本出版学会賞要綱ならびに同審査細則にもとづき,1993年10月1日から94年9月30日までの1年間に発表された,出版の調査・研究の領域における著作を対象に行われた.ちなみに前記要綱・細則の主要な改正点は,学会賞受賞作品を1点とする限定および佳作の規定が廃止されたこと,また審査対象著作を,出版の調査・研究の領域における,(1)学術論文・学術書,(2)評論・記録等,(3)出版実務書,(4)その他(翻訳・編纂等)として,ガイドラインが設定されたことにある.
 審査委員会は,1994年10月17日から95年4月24日までの間に,計7回開かれた.審査作業は,審査委員会の委嘱により古山悟由,篠塚富士男,平井紀子会員が収集した対象期間内出版関係著書・論文リストおよび会員からのアンケートによる推薦,各審査委員の情報を基礎にして前記の4分野を考慮しながら行われた.
 この過程で,学術論文としては,森原隆「C・-J・パンクックとフランス革命前夜の新聞・雑誌」(金沢大学文学部論文集史学科篇,第13・14号),永嶺重敏「黙読の〈制度化〉―明治の公共空間と音読慣習―」(図書館界,第45巻第4号),稲岡勝「明治検定期の教科書出版と金港堂の経営」(東京都立中央図書館研究紀要,第24号)がとくに注目されたが,森原論文は継続発表的な性格が強いところから将来に期待することにし,永嶺,稲岡論文については,両氏とも既に論文に対する佳作を受賞されていること,さらにその研究・調査の今後に期待できることを考慮して今回は審査対象から外すことにした.
 また武川武雄『日本古典文学の出版に関する覚書』(日本エディタースクール出版部)も審議された.本書は,明治以後の古典注釈書についての版面資料の収集,岩波版「日本古典文学大系」の製作経過の記録,古典注釈書の製作マニュアルの3つの部分から成るが,その類書をもたないユニークさと有効性に着目する意見と,書名が示すような「覚書」的段階からもう一歩進んで著述全体としての統一性と完成度を求める意見があり,委員会全体の合意を得るには至らなかった.出版の調査・研究と実務書との関連をどうとらえるかは今後に残された新しい課題といえよう.
 さらに,以上と併行して,大阪府立中之島図書館編集・発行『大坂本屋仲間記録』(全18巻)が取り上げられた.本書は1975年3月から刊行を開始し,93年3月に完結したもので,今回の審査対象期間より,半年ほど先行している.しかし,会員からの推薦もあって,われわれは数度にわたり審議した結果,次に述べるような意義をもち,かつ20年近い年月と多大な労苦の集積の成果であることから,本学会賞の意図に照らして看過できないと考え,全員一致であえて今回の特別賞に決定した.


【特別賞】

 大阪府立中之島図書館編集
 『大坂本屋仲間記録』(大阪府立中之島図書館)

 [審査結果]
 近世の出版は三都(京,大坂,江戸)中心に発達した.その担い手は,同業組合である本屋仲間である.彼らは書物出版にまつわる諸々の事柄,および仲間の組織に関する事項を記録し保存した.このうち京,江戸のものは早く散逸したので,1723(享保8)年に発足した大坂本屋仲間の記録が唯一の体系的な記録資料となった.
 本書の原本は,26種類194冊の膨大な薄冊から成り,大阪府立中之島図書館に所蔵されている.これは単に大坂の出版記録というにとどまらず,日本の近世近代出版文化史を考究する上で一等史料というべきものである.
 昭和初期,この記録を使って『京阪書籍商史』『享保以後 大坂出版書籍目録』の2書が出版され,復刻版が出るなど今日でも重宝されているが,いずれも膨大な全記録からいえば,ごく一部にすぎない.
 同記録全部の翻刻・刊行を待望する声は長く続いた.しかし,それに要する労力と資金の面から商業出版には至らなかった.
 こうした事情をうけて,大阪府立中之島図書館は自らが公費をもってその任にあたり,この貴重な史料を広く公共の財産とし,活用をはかろうとされた.
 翻字作業は昭和46~48年度にかけ,野間光辰京大教授等の指導の下,多治比郁夫氏はじめ同館郷土資料室の係員の手によって行われた.刊行費は昭和49年度から認められ,第1巻(出勤帳第1~12)が出版されたのは昭和50年3月のことであった.以来,種々の曲折をのりこえて,全18巻に及ぶ労作は平成5年3月完成をみた.
 埋れていた資料集はこうして多くの人々の利用活用が可能となった.この質量ともにすぐれた貴重な記録は,今後日本の出版印刷史や文化史の深化に大きな役割を果たすことになるであろう.われわれは,進んで本書の刊行の労をとられた大阪府立中之島図書館の関係各位に深い感謝の意を表明するものである.

 [受賞の言葉]

 受賞の言葉

 拝啓,新緑の候,貴会には益々ご隆昌のこととお慶び申し上げます.
 さてこの度は図らずも,第16回日本出版学会賞の特別賞を受賞することとなり,この上ない名誉と感謝いたしております.
 当館といたしましても,長年にわたり力を注いで参った事業でありましただけに,感慨も一入というところでございます.
 取り急ぎ受賞のお礼を申し上げますとともに,貴会の益々のご発展をお祈り申し上げます.
 敬具
 平成7年5月23日
 大阪府立中之島図書館長 中村政司

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