第10回日本出版学会賞の審査は,日本出版学会賞要綱および同審査細則にもとづき,1987年10月1日から88年9月30日までの1年間に発表された,出版研究の領域における著作を対象に行われた.
審査委員会は,1988年12月6日から88年3月17日までのあいだに,計4回開かれた.審査作業は,審査委員会の委嘱により大久保久雄委員が収集した対象期間内出版関係著作リスト,各審査委員の専門分野における関係著作および会員からの推薦(アンケートによる)を基礎として開始された.
審査は,学会賞の対象が,「出版研究の領域における著作」であるところから(日本出版学会賞要綱第1項),従来同様,先ず,一見してそれに該当しないものを除外し,残余のものについて,選考を重ねた.その結果,今回は,受賞作は見出しえなかったものの,アン・へリング著『江戸児童図書へのいざない』(くもん出版)が佳作に該当する著作として,表彰に値するとの結論に達した.
なお,最終選考に委ねられた著作は,次の2著である.
小林章夫『チャップ・ブック』(駸々堂出版)
モニカ・ブラウ(立花誠逸訳)『検閲――一九四五~四九』(時事通信社)
【佳作】
アン・へリング
『江戸児童図書へのいざない』(くもん出版)
[審査結果]
アン・ヘリング氏(法政大学教授)は,日本児童文学学会理事のほか,日本児童文学者協会,日本英学史学会等の会員として活動されている米国人であるが,十数年以前から江戸時代の日本児童文学に強い関心を抱かれ,多くの著述を日本語で発表されてきた.『江戸児童図書へのいざない』は,それらの一部をまとめられたものであるが,永年にわたる地道な研究の成果を,そこに十分うかがうことができる.
また,それらの研究のなかには,日本の専門家がこれまで見落としていた新しい発見・指摘も多く含まれている.さらに本書は,日本と欧米における児童図書の比較文化的な独特の視点が提示されている.また,絵画的方法を用いて児童の視覚に訴えることにより,娯楽と教育に貢献した先人の営為に対しても照明があてられている.
このように,江戸児童文学史における本書の価値は極めて高いものと評価しうるのであるが,本書自身は,著者自身も認めているように,体系的な研究書ではなく,むしろ啓蒙書的性格を有するものである.しかし,本書は江戸時代の出版技術がかなり高い水準にあったことを実証することにより,出版研究にも大きな貢献をするものと判断される.
それらの意味において,審査委員会は,著者がその該博な知識を駆使して,より本格的な江戸児童図書の研究に取り組まれ,出版学の発展に寄与されることを期待し,ここに審査委員全員の賛成のもとに,本書を佳作として決定するものである.