第8回日本出版学会賞の審査は,日本出版学会賞要綱および同審査細則にもとづき,1985年10月1日から86年9月30日までの1年間に発表された,出版研究の領域における著作を対象にして行われた.
本審査のために,審査委員会は,1986年10月28日から87年4月6日までの間に合計6回の会合を開いた.審査作業は,まず委員会事務局が収集した対象期間内出版関係著作リスト,および会員からの推薦(アンケートによる)を基礎にして包括的な検討を加え,ひろく候補対象たりうる著作の発見につとめたのち,第1次選考,第2次選考と回を重ねながら,対象をしぼる作業を進め,慎重な審査を行った.
しかしながら,遺憾ではあるが,今回,受賞に値いする著作は見出し得ないとの結論に達した.
ただし,審査の過程で有力な候補とされたもののうち,小野二郎『ウイリアム・モリス研究』(小野二郎著作集I,晶文社)が,佳作として表彰に値するものと満場一致で認定された.
なお,ほかに最終的審査で検討された著作は,吉田公彦「出版における複製の構造――同一性について」(『出版研究』16号所収),上条宏之「長野県近代出版文化の成立」(柳沢書苑刊・復刻『幽谷雑誌』解説)の2点であった.
【佳作】
小野二郎
『ウイリアム・モリス研究』(小野二郎著作集I,晶文社)
[審査結果]
著者は,活字に,デザインに,『本』づくりに,独自の思想を表現したモリスの活動,仕事を,多面的に分析,検討して,それが現在,われわれの生活にもっている意味をさぐっている.寿岳文章の名を上げるまでもなく,わが国のモリス研究にはそれなりの伝統があるが,著者はその蓄積の上に立ち,もっとも具体的なモリスの活字の形態,ページの配列などをヨーロッパ印刷史の歴史的な軸にそって吟味しながら,『本』の持つ意味,文化の質,生活意識などの大きな問題の考察に昇って行くいくつかの通路を開いている.論文『世界設計としてのタイポグラフィ』(小野二郎著作集『書物の宇宙』II 所収)も,その延長線上にある試論とみてよい.著者は既に故人であり,具体的な『本』の形態と人間の思想の運動とをつなげてみる実験は,未刊のまま終わっているが,今後の出版研究の視野の拡大,他分野との交流,協同を考えるさい,いくたの示唆をあたえる著作として,十分に評価さるべきものと思われる.
[受賞の言葉]
著者にかわって 晶文社編集部 島崎勉
小野二郎著作集第1巻『ウィリアム・モリス研究』にたいして,名誉ある賞を授けられ,たいへんに喜んでいます.
しかし,この栄誉をいちばん喜んだであろう著者の小野二郎は,すでに5年前に世を去り,ともに喜び合うことができません.5年の歳月が著者の思想を古くさせているとは毛頭思っているわけではなく,また,それゆえに著作集3巻を出版したのですが,あえて故人の著作に賞をいただけたことに,二重の喜びと励ましを感じています.
小野さんはいつも,次に書く本について,次の次に書く本について,話すのを好んでいました.あまり耳にするので,ときには,もうその本は書いてしまったのか,と錯覚するほどでした.亡くなる直前には,そういう小野さんの頭の中にだけある新刊が少なくとも5冊はありました.永遠に未刊のままになった本を読みとってくださったのだと,受賞の知らせを聞いたとき思いました.
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