会長就任のご挨拶 清水一彦(会報157号 2024年10月)

会長就任のご挨拶

清水一彦
(日本出版学会第14代会長、文教大学情報学部教授)

 
 1980年代のはじめ、ライフスタイル雑誌の編集部に配属されたとき、先輩編集者から、「わかっているね、雑誌の雑は雑の雑だから」と言われました。謎掛けのようで多義的な言葉です。キャリアを積むうちに、「雑」はネガティブな意味ではなく、世の中の雑多な情報とあらゆる手段で、読者の雑然とした潜在ニーズまでも満たせる誌面をつくることだと理解できるようになりました。その後、転職を機に清水は2010年に日本出版学会に入会しました。
 今回、第14代日本出版学会長を拝命したときに、まず想起されたのが、この雑というキーワードでした。さまざまな活動で構成される日本出版学会とはなんなのだろうか。そこで、清水が入会したときの第9代川井良介会長から、第10代芝田正夫会長、第11代植村八潮会長、第12代塚本晴二朗会長、第13代富川淳子会長までの就任時の挨拶文をあらためて読んでみました。歴代会長それぞれの課題設定や抱負は次のように要約できるでしょう。①出版学とはなにかを追求し②実務業界との連携を取り③グローバル化と④激変するメディア環境に対応しながら⑤研究と議論の場としての学会活動を強化することで⑥出版文化の向上をめざす。第21回国際出版研究フォーラム(2024年11月開催)のテーマ「出版のデジタル化とグローバリゼーション:新たな出版学のために」は、まさに、これまで歴代の会長が指摘してきた課題を明示しています。
 変革期にあたっては、本質を問い直す作業が有効です。出版(パブリッシュ)の語源は情報を公にすることです。出版された情報にはオーディエンスがいます。出版は文化を商材とする文化産業です。アドルノ的な観点ではなく、経済的に自立して継続していく主体的営為としてのポジティブな意味で、です。さらに長い歴史もあります。したがって、その領域や、技術、コンテンツ、受容の形、産業構造は時代背景に合わせて変化し拡張し蓄積されていきます。出版学の概念が掴みにくく、分野や方法論が雑多になることは、それこそ本質的なことなのでしょう。芝田会長のとき10だった調査研究部会も、部分的な再編とあらたな展開で現在は13になっています。
 出版へのAI導入や流通変革、ライツ事業の興隆、アクセシビリティへの対応など、激変と拡張と加速が同期している現在、積極的に雑多な研究と論議の場を提供し、そして業界との連携を強めることで、日本出版学会は出版文化の向上に寄与できます。出版学とはなにかという解答も一連の探究のなかにあるはずです。微力ではありますが、この雑多な活動の場である日本出版学会のさらなる活性化に取り組む所存です。
 最後になりましたが、日本出版学会創立55周年記念事業と第21回国際出版研究フォーラムは、富川前会長をはじめとしてすべての会員のご尽力の賜物です。感謝の念に堪えません。今後とも日本出版学会へのご支援とご協力をお願い申し上げます。