近時書名考 吉田則昭 (会報139号 2015年2月)

リレーエッセイ:本はこれまで。本はこれから〔1〕
近時書名考
吉田則昭

 
 本稿での筆者への注文は,本の過去と未来を現在の視点から期待と希望も交えて眺望せよ,とのことである。小生,学会理事に名を連ねているものの,出版業界との関わりはそう深くない。大学で何らかの出版論を講じていること,半人前には読書をしていそうということでの依頼と勝手に判断して,昨今の本について述べたいと思う。
 昨年,筆者の関わったことでいえば,ある学会で「岩波書店百周年」をテーマとするシンポジウムが開催され,その時刊行された『物語 岩波書店百年史 1~3』(2013)の著者らに,その著作内容について問題提起を行うことになったので,多少この出版社史を勉強する機会を得た。周知のように,同社は哲学・思想書などを多く手がけてきたことから,一回読んで読み捨てられる本よりは,長く読み継がれる息の長い本を志向していることが窺えた。経済学には生産財と消費財という用語があるが,この出版社は,読書人へ教養財(=生産財)を提供してきたということになるのだろう。その含意は,繰り返して読むことで長期にわたり人格を涵養していく財,というように理解している。この対極に,どんな本を想定するかはさておき,消費財としての本も措定できよう。昔も今もこの両者はあったはずだし,もちろん両者に優劣はない。
 授業では,例年夏に,出版統計や年間ベストセラーが大手取次から発表されるので,学生に紹介することも多い。過日,目にした新聞記事に「本の題名,やたら長くなっているのはなぜ」というものがあった(『日経新聞』2014年11月12日)。とりわけ,若者向けライトノベル,ビジネス書,実用書の題名が長くなり,表紙や背表紙はタイトルの文字でびっしり埋まっていたりするとのことである。確かに,2014年上半期のベストセラーの上位タイトルの第1位は,「長生きしたけりゃふくらはぎをもみなさい」,2位は「人生はニャンとかなる! 明日に幸福をまねく68の方法」である。ほかにも,「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」(7位)などもある。
 詳しい背景分析は別の論者に譲るとして,常々思っているのは,商品(=書籍)に,社会的な文脈(コンテキスト)と,その人にとっての関連性(レリバンシー)を取り入れるということである。出版社としては,他書との差別化や,書名のタイトルでいかに内容を説明するか,という戦略ですでに行っていることであろう。その意味で,他社企画を真似る「柳の下の泥鰌」ではなく,世の中の流れに乗る「時流へのスリップストリーミング走法」は,そこそこ有効なようにみえる。「もしドラ」「ビリギャル」然りで,書名が長ければ読者の側が勝手に略称を考えてくれるとのことである。日曜朝刊のベストセラー欄を見ながら,本の書名がどこまで長くなるのか,毎週楽しみにしている。