機械製本と手製本の狭間で
田中 栞
パソコンの普及によって,個人で手軽に印刷物が作れるようになり,本を手づくりすることに挑戦する人も増えた。しかし製本という作業は一筋縄ではいかない。
今,新刊書店に並ぶ本のほとんどは,本文紙を接着剤だけでまとめる「無線綴じ」または「あじろ綴じ」で製本されている。インターネットで検索すると,この作り方の手順を知ることもできる。なかでも,一枚ものの紙を重ね,その一辺の厚み部分だけに接着剤を塗る方法は,お手軽に見え,簡単にできそうな錯覚を覚える。そのため未経験者が初めて手製本しようとすると,この方法を採用する人が少なくない。
しかしこれは,熟練した製本職人が手がけるのでない限り,できあがった本の寿命が極めて短い。極端な場合,一度開いただけで背の糊づけ部分が断裂し,本文紙はバラバラに解体する。
紙の断面(厚み部分)だけに接着剤をつける方法は「天糊(てんのり)」と言って,メモ帳と同じつくりである。メモ帳は一枚一枚剥がして使うもので,剥がしやすい紙束になることを目的としている。同じ方法で製本すると,本文紙を一枚一枚剥がしながら読む本ならよいが,バラバラになって欲しくなければ,これではまずい。
確かに,きちんとした機械製本で行う無線綴じは,接着剤そのものの成分や接着面のしつらえなど,長年の研究開発と職人技術の研鑽の上に行われているため,たやすくは壊れない。ここが本職の機械製本と素人手製本の差である。手製本と機械製本では,同じ「製本」とはいえ方法は随所に違いがある。糸で綴じる際も,手製本で行う本かがりと,機械製本の糸かがりとでは,針と糸の本数も,糸の進み方も異なる。
機械製本は,機械で合理的に完成まで到達する究極の手順を追求している。一方,手製本は,手作業で作りやすく壊れにくい方法を選ぶべきで,きちんとした製本教室の講師はそうしているが,ネット情報では所詮,この違いは判然としない。
筆者が手製本を学んだ時代は,製本といえば本かがりが基本だったが,機械製本で無線綴じがスタンダードになった現在,困ったことに手製本の講座で無線綴じを行う人が現われ始めた。手作業で作った本が壊れる悲劇が急増したのは,これが大きな要因と筆者はにらんでいる。
昨今は豆本を作る人も増えているが,本文紙の左右寸法が短く,のど付近まで印刷されるこうした小さい本は特に,無線綴じで仕立てることは致命的だ。中を読もうと本を開くたび,接着部分を剥がそうとする力が強く加わるからである。
製本の方法にも様々な選択肢がある。壊れにくい製本構造と手製本の方法を,一人でも多くの人に知ってもらうべく,地道に手ほどきする努力を続けている。
(日本豆本協会会長)