電子書籍ブームの中での電子出版研究 植村八潮 (会報132号 2012年2月)

電子書籍ブームの中での電子出版研究
植村八潮

 
 空前の電子書籍ブームが始まった2010年は,「電子書籍元年」と呼ばれ,今年で3年目を迎えた。元年ブームは過去に何度かあるが,これほど長く話題が続いたことはなく,未だ収束する気配がない。とはいえ,期待ほどには電子書籍端末は売れず,電子書籍の点数も急増というわけではない。
 もちろん,過去の“元年”とは比較にならないほど出版界は本気になっており,流通,小売り,IT企業,メーカを巻き込んでの取り組みが進んでいる。総務省や経済産業省,文部科学省も関連部署において検討委員会を設置し,公募事業による産業支援を行っている。そのいくつかの委員会や事業に関わり,電子書籍フォーマットや外字異体字の検討,流通における実証実験など興味深い経験もさせていただいた。これもブームのおかげと言えば,おかげである。
 結局,市場の成立があってブームが生まれるのではなく,人々の期待があって注目されるのであり,注目が集まればブームは演出されるのである。その点,長引く出版不況に加え,“黒船”と呼ばれる海外の巨大IT企業の市場制覇,海賊版の横行,中国の躍進など,ブームを作り出す背景要因に事欠かない。一方,前向きな要因として米国での成功がある。電子書籍端末が米国で普及し,出版物の流通構造に激変をもたらしていることは明白である。
 現時点で専用端末が米国で成功し,日本で成功していないのであれば,その原因分析こそ興味がわく。
 そこで出版研究のアプローチが求められる。電子書籍が売れた,売れないで一喜一憂することとは一線を画し,日米における電子書籍の違いを調査分析対象としたい。出版社の経営規模,発行点数,書店数,書籍へのアクセス容易性,雑誌との併売といった出版環境の違いを産業論の視点で分析できないだろうか。
 また,文字コード,漢字に付随する外字異体字問題,日本語組版,ムックやビジュアル表現など表意文化特有の課題もあるだろう。さらに読書論や,身体論の視点で本の所有性とコンテンツの無体物性を取り上げること,あるいは認知科学や人間工学を援用してディスプレイ読書を研究するのも興味深い。思いつきを書き出しただけでも様々な切り口がある。
 ブームの好ましい副産物として,出版学の隣接領域でも電子書籍が注目されている。筆者の知る範囲でも,図書館情報学会,情報知識学会,情報メディア学会,印刷学会,社会情報学会などの研究大会でシンポジウムが開催されたり,若手研究者や大学院生が,研究テーマとして取り上げている。
 いくつかの学会シンポジウムにパネリストとして呼ばれ,情報交換(その学会の会員ではないときは,道場破りか?)をする機会も増えた。いずれも興味深い熱心な討議が繰り返されていた。本家である当学会でも,多くの会員の取り組みにより研究成果を積み上げていきたい。