出版社製本と伝統工芸製本  田中 栞 (会報124号 2009年4月)

■ 出版社製本と伝統工芸製本 (会報124号 2009年4月)

 田中 栞

 今,新刊書店に並ぶ本は,ほとんどが製本所の大型機械で製本している。ヨーロッパで古来行われてきた伝統工芸製本も,書店の店頭の上製本も,外見はどちらも,本文よりやや大きめの表紙がついたハードカバー本であることには変わりがない。
 ところが,その実際の製本構造は大きく違っている。伝統工芸製本にも色々なやり方はあるが,大きな違いは,「綴じ」と「表紙づくり」の方法だろう。
 昭和40年代頃までは,出版社が出している本も糸かがりのものが多かったが,現代の大量生産本は,本文用紙をまとめるのに糸を使わず,接着剤だけでくっつける無線綴じがほとんどだ。昨今の接着剤は性能が高いとはいえ,構造上,接着成分が劣化すれば本の解体は免れず,折の背を断裁してある無線綴じはバラバラに離れて,書物であることをやめるしかない。
 長持ちさせたい本は,折丁を糸でかがる糸綴じであるべきである。
 伝統工芸製本(ルリユール)では,各折の背に糸を通し,全部の折をつなげていく。綴じ糸が切れなければ本はしっかりとその姿を保ち読者にテクストを提供し続ける。たとえ綴じ糸が切れても,背貼りを外してかがり直せば,元の姿に戻る。
 もう一つの大きな違いが表紙の構造だ。版元製本のハードカバー本の場合,ひらに硬い板ボールの芯紙を入れて,オモテ表紙背ウラ表紙がつながった表紙を作り,ひとまとまりになった本文ブロックの外側に接着合体させる。本の中身をくるみ込むようにつけるので,くるみ表紙という。機械製本だと,表紙と中身の接着は,のど付近3ミリ幅程度の糊付けだけなので,表紙の開閉がたび重なると,見返しの内側が剥がれて表紙と中身が泣き別れになる。
 伝統工芸製本では,本文紙のかがりの際,糸を渡して全折をジョイントさせる役割を果たす支持体を,表紙の板紙に穴を開けて綴じ込む。中身と表紙がしっかり合体しているので,これもまず離れることがない。
 本来の書物の構造は,こういうものだったのである。
 最近,『西洋製本図鑑』(ジュゼップ・カンブラス著,市川恵里訳,岡本幸治監修,雄松堂出版,2008年,定価・本体6600円+税)という本が出て,これは全頁オールカラーで製本の各工程が詳しく展開されるという,大変貴重な1冊である。
 出版社に務めていても,伝統工芸の製本が一体どうやってなされるのか,知っている人の方が少ないのが現状だろう。
 この本には,本文紙をかがり,背に丸みを出し,花布を糸で編み,表紙に貼る革を庖丁ですき,金箔や革モザイクなどの装飾を施し,収納するケースを作り,更には傷んだ本を直す作業までもが,豊富なカラー写真で克明に記されている。
 私は池袋西武コミュニティカレッジ・ルリユール工房へ10年以上通い,栃折久美子さんにこのルリユールの手ほどきを受けた。そして今では,自宅で製本教室を開いている。私の教室はたった1日で本かがりや和本や折本をやってしまうトライアスロン的カリキュラムだが,ルリユールの工程まではさすがにできないので,この本の図版を見せることにしている。
 製本に関する本は数多いが,翻訳書の場合,記述する人が日本語と製本の両方に通じていなければならないところが難しい。その点,本書は『古書修復の愉しみ』(アニー・トレメル・ウィルコックス著,市川恵里訳,白水社,2004年,定価・本体2400円+税)の訳出にあたり,コミュニティカレッジの岡本幸治さんの講座にわざわざ通い,製本技術を習得してから翻訳に臨んだという,市川恵里さんの名訳である。
 数々の道具や材料の美しい図版と的確でわかりやすい解説文に助けられつつ,伝統工芸製本の工程を目で追うと,その方法と構造がすんなり理解できる。
 出版界に身を置き,または研究成果を出版したり,書物に親しんだりする我々は,書物の作りにも精通している必要がある。自らが携わる出版物の製本構造に思いを馳せるとともに,こうした書物によって,伝統的な製本構造について知っておくのは大変意義深いことだと言えるだろう。