「劇場としての書店」  福嶋 聡 (2002年8月22日)

出版流通部会   発表要旨 (2002年8月22日)

「劇場としての書店」
福嶋 聡

 二〇〇二年七月に,「劇場としての書店」(新評論刊)を上梓した。
 何故「劇場として」なのか。
 ひとつには,この本が,書店の現場のさまざまな相を,ぼくが若い頃打ち込んだ演劇に見立てて書かれたものだからである。特に,接客と演技の位相の重なりを,できるだけ具体的な場面を使って,細かく論じたつもりだ。
 もうひとつには,劇場も書店も,そもそも観客や読者が足を運んで下さらないとはじまらないこと,足を運んで下さったお客様に満足感を持って帰っていただくことが何よりも大切であることにおいて全く共通しているからである。ジュンク堂書店池袋本店は,二〇〇一年三月のリニューアル・グランドオープン以来,取材対象としてであれ,ドラマの背景としてであれ,ほとんど全てのマスコミの依頼を歓迎してきた。また,さまざまな著者をお招きしたトークセッションなどのイベントを,多数開催してきた。それもこれも,できるだけ多くの読者にわれわれの店のことを知ってもらいたい,店にやってくるきっかけを作りたいとのぼくたちの思いからなのである。
 読者に書店に足を運んでもらいたい,という思いは,単に「商売繁盛」を目論むにとどまらず,大袈裟に言えば,書店という存在の社会的意義へのぼくたちの矜持でもある。厳しい経済状況,メディアの多様化,そして何よりも「セキュリティ」への過剰な依存を背景に,「言論の自由」,「出版の自由」は,知らず知らずのうちにその地盤を揺るがされはじめている。そうした今こそ,書物が「流通が市場を生み出す」特殊な属性をもった商品であることを念頭におきながら,出版・書店業のやくわりを問い直す,あるいは訴えることが,出版学会の重要なしごとではないだろうか。
 「流通が市場を生み出す」とは,個々の場面でいえば「読者と本の出会いの偶然性を重視する」ということである。偶然性がドラマに不可欠な要素であることを思えば,そうした出会いを演出する場である書店は,やはり劇場であるといえよう。そして読者に繰り返し足を運ばせることのできる劇場,すなわちいつでも魅力的な出会いを読者に期待させる劇場に何よりも必要とされるのは,時に舞台美術家であり,時に脇役俳優である有能なスタッフである。意欲ある若い人材の発見,育成こそが焦眉の課題であるといえる。
 王様書房の柴崎繁氏は,「街の本屋というのは,子どもたちが初めて,自分のこづかいで自分のために買い物をする場所なんだ」という。そうして毎日どこかで読者が生れ,育っていくことなしに,出版・書店業界の存続はありえない。だとすれば,書店のやくわりとは,出版物を通して,読者ひとりひとりの「生」に寄り添っていくことであるのかもしれない。
(福嶋 聡)