「ヘイトスピーチ解消法と表現の自由との問題」田上雄大(2017年9月28日開催)

■ 日本出版学会 出版法制研究部会 開催要旨(2017年9月28日開催)

 ヘイトスピーチ解消法と表現の自由との問題
 田上雄大(会員、日本大学法学部助教)

 
 2016年に「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(通称:ヘイトスピーチ解消法)が制定された。同法は、具体的な規制や罰則規定のない理念法である。しかし、同法は現に横浜地裁川崎支部による決定(横浜地川崎支判平成28年6月2日判時2296号14頁)で用いられ、理念法とはいえ実際の裁判において適用されている。このようなことから、ヘイトスピーチ解消法は理念法から将来可罰化がなされる可能性もあり、憲法21条によって保障されている表現の自由を過度に制約してしまう可能性を秘めている。そこで、本報告ではヘイトスピーチ解消法と憲法上の人権、とりわけ表現の自由との衝突・制約について検討を試みるものであった。
 まず、ヘイトスピーチ解消法が差別的表現の対象として本邦外出身者(外国人)に限定しており、日本人に対するヘイトスピーチは対象となっていない。この点において、外国人と日本人を平等に扱っていないという問題が生じる可能性がある。
 次に、同法による表現の自由に対する制約である。表現の自由は人権の中でも最重要な存在であり、その規制次第では民主主義の根幹を揺るがすことになる。そこで、裁判所や憲法学では、表現の自由に対する規制には慎重かつ厳格な審査が必要とされている。とりわけ表現内容の規制については厳格さが求められている。ところが、ヘイトスピーチ解消法は表現内容を見て、ヘイトかどうか判断することになるため、表現内容規制といえる。さらに同法ではそもそもヘイトスピーチの定義があいまいであり、何をもってヘイトスピーチ的表現になるのか判断しづらいといえる。そのため、日本国憲法によって表現の自由が保障されている国民が、とある表現をしたことによりヘイトスピーチであるといわれてしまい、想定外の事態が生じてしまう恐れがある。これでは表現の萎縮的効果を生み、表現の自由が憲法上保障されていても、現実には自由な表現ができないという事態を招いてしまう。ことにその表現が政治的言論であった場合、気に入らない候補者の言論を封じることもできかねない。これでは、一方の言論が封じられてしまい、多様な意見・主張や思想を前提とする民主主義が崩壊する。
 確かに特定の外国人に限らず差別的表現は許されない。しかし他方で、日本国憲法が表現の自由を国民に保障している以上、差別的表現とはいえ表現・言論であり、これを規制することは表現の内容そのものへの規制となり、厳格な審査基準によらなければ原則として許されないというべきである。この問題は、差別的表現は名誉を傷つけることになるということであれば、現行法制度の中で対応し、わざわざ法を制定しなくても解決できるのではないだろうか。現行法制度と比較し、同法の運用を今後どのようにしていくべきなのか、この点については今後の課題としてさらに研究を進めてもらいたい。

参加者: 15名(会員9名、一般6名)
会場: 日本大学法学部10号館1082講堂
(文責:杉山幸一 日本大学危機管理学部准教授)