電子出版の動向と出版者の権利・新しい出版契約 (2月9日出版著作権研究部会報告)
樋口 清一
(社団法人 日本書籍出版協会・事務局長)
1.2010年の出版動向
2010年の出版物推定販売額は、1兆8748億円と前年比3.1%のマイナスとなったが、書籍新刊点数は、74,714点で4.9%の減少となった。2000年からの10年間で書籍の販売金額は15.4%、雑誌は金額で26.1%の大幅減少になっている。一方、欧米の書籍出版界は、紙の出版物が伸び率は少ないものの依然として右肩上がりであるという現状がある。
電子出版については、5年後の予測で、日本における電子書籍市場が2000~3000億円という予測もあり、これは米国の5年後予測とほぼ拮抗する。
2.電子書籍をめぐる動き
a. 三省デジタル懇談会とその後
デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会報告を受けて、次のような各事業が推進されている。
総務省の「平成22年度新ICT利活用サービス創出支援事業」では、電子書籍交換フォーマット標準化会議、次世代書誌情報共通化会議等が開発・実証を実施した。文化庁では「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議」が、図書館と公共サービスのあり方に関する事項、出版物の権利処理の円滑化に関する事項、出版者への権利付与に関する事項を今年秋をめどに検討をすすめる。
b. 雑協・デジタルコンテンツ推進委員会
日本雑誌協会のデジタルkンテンツ推進委員会では、総務省「ICT利活用ルール整備促進事業(サイバー特区)」における「雑誌コンテンツのデジタル配信プラットフォーム構築に向けた調査研究」プロジェクトとして、雑誌記事を個別にデジタル販売するためのビジネスモデル作りに向けての環境整備を行っている。
c. 電子海賊版への対応
アップル社のAppStore上で多数の海賊版が販売されていたことに対して、書協、雑協、日本電子書籍出版社協会(電書協)、デジタルコミック協議会の4団体連名で抗議声明及び申入れを行った。その結果、アップル側との第1回協議を1月14日に行った。デジタル海賊版については、さらに中国の百度(バイドゥ)ライブラリに対しても同様の抗議声明及び協議申入れを2月末に行っている。
d. 自炊問題
昨年春頃から、いわゆる「自炊」と称して、出版物をスキャンし電子データにしてパソコンに取り込む行為が注目されている。またこの自炊を代行する業者が急速に増加し、既に60店を越えている。対価を得て他人のために行う複製行為は、著作権法によって自由利用が認められている私的使用の範囲を超えるものであり、また、権利者の許諾を得ている例もほとんどないことから、著作権を侵害する行為であると判断できる。
また、自炊の場を提供する業者も出現しているが、これに対しては、今年一月に出された「まねきTV事件」の最高裁判決(最判H23・1・18(平成21(受)653))が参考になる。
e. 電子書籍の価格拘束
公正取引委員会はホームページ上で、著作物再販適用除外制度は、独占禁止法の規定上「物」を対象としているが、ネットワークを通じて配信される電子書籍は,「物」ではなく情報であり、著作物再販適用除外制度の対象とならない旨を明言している。
一方で、書籍の価格拘束制度が存在するドイツ、フランスでは、電子書籍についても価格拘束の対象とする方向で議論が進んでいる。ドイツでは、現行の価格拘束法について電子書籍もその対象であるとの解釈をドイツ書籍業組合が明らかにしている。フランスでは、電子書籍価格拘束法案が上院で審議中である。
3.出版者の権利と出版契約
a. 「出版者の権利」要望の経緯
現行著作権法制定が審議された著作権制度審議会に、書協は1962年4月から69年9月までの間に17回の意見書を提出した。その第15次意見書(1968年12月)において、版の保護の規定新設を要望している。
著作権審議会第4小委員会(昭和49.7~昭和51.7)報告書では、当時急速に普及しつつあった複写機器への対応が検討された。また、ひき続いて設置された、著作権の集中的処理に関する調査研究協力者会議(昭和55.11~昭和59.4)では、著作者団体と出版者団体とが協議、協力して集中処理機構を設立することが提言された。
b.著作権審議会第8小委員会
昭和60年から平成2年にかけて開催された、同小委員会において、出版者に著作隣接権としての固有の権利を認めることが望ましいとの報告が出された。これは、著作物等の伝達者としての出版者の役割を評価し、出版物の版面の複写複製利用に対して、報酬請求権を与えるべきであるとの結論を出した。しかし、この結論に対しては利用者代表である経団連や権利者団体からの強い反対があり、法制化は実現しなかった。
c. 海外における出版者の権利
海外においては、出版者が著作者との出版契約によって、著作権の移転を受ける例が多く、出版者固有の権利が立法化されている例は少ないが、イギリスでは、印刷された版の版面構成を著作物として保護している。
この他、特別な規程として、ドイツ著作権法で、著作権の保護を受けない著作物を学術的な刊行物として出版したとき等に、その版の発行者に一定の権利を与えている。
d. 欧米の出版契約の状況
欧米では、基本としては、著作権の存続期間中、印刷媒体として出版する権利を含めて、すべての権利を出版社に「移転する」ことを取り決める例が多い。電子出版についても、上記の出版契約の内容として組み込まれている場合が多い。上記のような契約形態は、長年の出版慣行から確立しており、著作隣接権としての「出版者の権利」には関心が薄い。
4.日本において「出版者の権利」を考えるための論点
a. デジタル化の急速な進展
多様な出版物の発行を担保し、全国どこでも多様な出版物を同水準の価格で提供出来る環境の確保という文化政策上の観点と、急速なデジタル化の流れに乗りきれない中小零細の出版業者を保護し、知の拡大再生産のサイクルを回していくため、出版者のインセンティブを確保するという産業政策上の観点が考慮される必要がある。
b. 適正な利益配分
著作物は出版物という伝達可能態になることによって新たな価値を付加されるが、紙の出版物では販売の段階で「本」の価格として一体化して回収が可能である。しかし、有体物としての著作物が、デジタル形式では、無体物に還元されて利用される。この場合、この付加価値分をどのように回収するかが問題になる。
c. 権利処理の役割
集中的な権利処理が、法定許諾に基づいてなされる場合や、名目的な料金によって違法行為の「合法化」が行われる場合には、本来の著作物利用の対価を得ることは到底期待できない。権利処理は、むしろ出版物購入の代替決済手段として行われることが必要であり、それがひいては新たな市場形成のシステムとして機能する。
d. 出版契約との関係
著作者の権利と競合すると権利処理が困難であり、そのような状況を回避するために出版契約の重要性はさらに高まる。出版者の権利は、出版契約の整備と相まって力を発揮するものといえる。ただし、出版者の権利は、ボーンデジタルの著作物には適用できない可能性が高く、また条約上の権利ではないため、海外における侵害には対抗できない等の限界もある。
e. 出版契約の限界
出版契約は著作権者の存在を前提にしている。したがって、著作権の保護期間が経過した著作物については、出版者が著作者の権利に基づいて行動することはできない。また、出版契約は当事者間の契約である以上、契約期間が経過すれば終了する。また、現行法の出版権設定契約では出版権者が第三者に出版を許諾することはできないとされており、現実のビジネスとの乖離があるとの指摘もある。
f. 欧米との出版契約慣行の違い
明治時代における日本における著作権法の制定に際しては、欧米における出版社と著作者の契約実態への配慮なく、制度のみが導入されたのではないか。本来、著作権とは著作物の創造に関わる権利ではなく、流通に関する権利であった。欧米の著作者も出版者もその点での認識は共有していたと考えると、欧米における契約実態も理解できる。しかし、日本ではそのような契約実態にはなく、そのために日本特有の要請として、出版者の権利の必要性を考える必要がある。
昨年の出版界は、「電子出版・電子書籍とデジタル化で明け暮れた一年」でした。出版界が直面する課題として「再販制度を維持し、流通改善を積極的に進めて、出版業界の活性化を図る」「出版物のデジタル化の進展に伴う環境の変化に対応する」「知的財産権の保護ならびに著作権制度における出版者の法的地位の確立に取り組む」などさまざまな課題が挙げられます。
そこで、激変する出版産業・出版流通の状況を「電子出版の動向と出版者の権利」「新しい出版契約あり方」などに焦点を当て“2011年の展望と課題”を日本書籍出版協会・事務局長の樋口清一さん(会員)にご報告をお願いしました。
日 時:2011年2月9日(水)6時30分~8時30分
報 告:樋口清一さん(会員、日本書籍出版協会・事務局長)
場 所:日本大学法学部本館4階141講堂(千代田区三崎町2丁目3番1号)(文責:出版著作権研究部会)