「新書の窓から「出版」を考える」渡辺千弘(2023年12月12日)

■日本出版学会 出版編集研究部会 開催報告(2023年12月12日開催)

「新書の窓から「出版」を考える」
 渡辺千弘(わたなべ・ちひろ) (集英社)

 
 簡便な体裁とあわせ比較的低価格本でもある新書は、長年固定層を掴み、年間ベストセラーに登場するものもある。しかし、幅広いジャンルをカバーし多くの入門書がありながら、発行部数や発行金額では厳しい状況が続いている。
 この度、渡辺千弘会員にご自身の編集経験を踏まえ、企画立案の経緯や編集方法・編集環境の変化、そして、利益確保に欠かせないライツ事業やデジタルの話題についてもご発表いただいた。
 まず自己紹介の後、新書市場の盛衰、そして新書とは何かの説明があった。新書市場のピークは業界全体のピークと同様、1990年代の終わり頃と言われるが、それらの統計データとご自身の皮膚感覚とに大きなズレを感じていたという。その感覚のズレがどこから来ているのか、明確にできない「新書らしさ」の意味もあわせて問題提起された。
 次にご自身が編集を経験した2009年から2022年までの新書をとりまく状況が取り上げられた。新書大賞、ベストセラーの特徴や新書ノンフィクションの誕生などからも出版を巡る市況の変化をさぐる。新書は教養、実用・ビジネス書、生き方というジャンル、そして書籍を制作する方法としての聞き書きといったブームを作ってきたが、著者・読者にとって「聞き書き」による参入障壁の低下があるという指摘は現実感があった。編集者(出版社)にとっても同様であろう。
 同時期に進行した新書の「雑誌化」は体裁や内容のみならず、定期刊行からも見える。「聞き書き」によって実現した、企画から刊行までのスピードが早い「語り下ろし」や、ノンフィクション企画が増えてきていることに、雑誌が担えなくなってきた機能の「受け皿」としての存在があるとの指摘は重要である。「受け皿」は単に市場の問題だけではなく、社内組織事情や編集者教育といったスキルの面にまで繋がり、新書に要求されているのは売り上げだけではなくコンテンツや人材の供給源としての機能もあるのでは、という提言は大変興味深い内容であった。
 収益化については、どのジャンルでも話題になるライツ&デジタルがポイントとなるが、親和性があるのは圧倒的に漫画であり、氏の指摘の通り人文・ノンフィクション分野をどう育てていくのか課題が残ろう。今日の編集者が、編集だけではなくライツ&デジタルの目線を持つことと、そうした分野のエキスパートとどのように協業していくのかが重要である。
 参加者からは新書における紙とデジタルの同時刊行やデジタル向きの企画について、TikTokで話題になった「コリーン・フーバー現象」と新書企画、新書レーベルの特徴が見えにくくなる全面オビについて、デジタル化としての音声コンテンツについてなど多くの質問が出た。
 「新書」は時代のなかでどのように移り変わり、どのように生き続けるのか、あらためて参加者と一緒に考える研究会となった。
 
日 時: 2023年12月12日(火) 午後6時30分~8時00分
会 場:オンライン開催(Zoom)
参加者:参加登録68名、当日参加者46名(内会員20名)

(文責:飛鳥勝幸)