出版文化史上の文学全集を考える
田坂憲二(たさか けんじ)
(会員、元慶應義塾大学教授)
今春刊行した、小著『日本文学全集の時代』(慶應義塾大学出版会)を踏まえ、1950年代から70年代を中心とした、近代日本の文学全集の出版文化史上の諸問題について考えてみた。
最初に、筑摩書房の全集と、河出書房の全集を対極に置くという視点を提出した。筑摩書房の全集は、原著の表記・表現を極力尊重し、『日本国語大辞典』の出典としても採用され、個人全集を持たない作家の場合には専門論文の引用本文としての使用にも足りる、本格指向の全集であることを述べた。河出書房は、親しみやすさを前面に押し出し、文学全集の読者の裾野を広げる方向性を指向していることを述べた。筑摩の『現代日本文学全集』(53年刊行開始、以下『現日』と略称)の生みの親である臼井吉見が最初に構想したのは、純文学から大衆文学までの国民文学全集であり、そこから路線変更して、純文学指向の本格的な『現日』が誕生するのに対して、2年後河出書房は、鴎外・漱石から『大菩薩峠』『富士に立つ影』までを含む『日本国民文学全集』を刊行することを述べた。
次に叢書名の問題について述べた。私たちは明治以降の作家・作品に限定されているこの種の叢書を、ごく自然に「日本文学全集」と呼んでいるが、「日本文学」の「全集」になぜ『源氏物語』や西鶴が入らないのかという問題提起を行った。『現日』の名称は円本時代の改造社の叢書名を継承したものだが、『現日』の前年には角川書店の『昭和文学全集』が刊行され、遡れば、48年からは細川書店『現代日本文学選集』(未完)が出ており、「現代」「昭和」などの限定詞が付くのが一般的であった。流れを変えたのが、59年刊行開始の新潮社の『日本文学全集』で、以降この名前が定着するが、当初は、丸谷才一の「新潮社の現代日本文学全集」という発言など、定着過程の事情も紹介した。
本来的な意味での「日本文学全集」の刊行を行ったのが、河出書房で、60年のワイン・カラー版全25冊は、江戸時代以前(現代語訳)13冊・明治時代以降12冊という構成であった。河出書房は、以降、豪華版・カラー版の「日本文学全集」を刊行するが、次第に古典の比率を低下させ、67年のグリーン版では他社同様に近代文学のみの全集となる。これは読者層、出版界の古典文学離れと位置づけることが出来る。なお、河出書房は、現今の池澤夏樹編集の『日本文学全集』でも古典・現代の混成であり、出版社のカラーとして健在である。
これらの問題以外に、講談社と「現代」というブランドの関係、中央公論社のホーム・ライブラリー戦略、集英社や文藝春秋の異色の叢書などの位置づけを行った。
当日、多くの方々から、さまざまなご質問やご意見を頂き、発表内容を補足・深化させることができた。厚く御礼申し上げます。
参加者:24名(報告者+会員6名、一般18名)
会場:日本大学法学部三崎町キャンパス本館5階152教室
(文責:田坂憲二)