電子書体(デジタル・フォント)の開発前線から
――字游工房・鳥海修氏にきく
鳥海 修
出版技術部会では、印刷文字の設計、開発がどのように行われているか、その先端にある制作現場を訪ねた.活字・写植の時代から現在の電子書体にいたるまで、文字の原型つくりは極めて特殊な技術,専門の仕事とされ,その制作現場をのぞく機会はきわめて少ない.
2003年9月26日,電子書体の開発で多くの実績をあげ,評価されている(有)字游工房(新宿区高田馬場4-16-9)に赴く.代表の鳥海修氏の文字開発にまつわる1時間半の講義.工房内を見学し,機器の操作をしながら具体的な文字像の設計プロセスの解説.(学会からの参加は9名)
字游工房は,写植の代表企業である写研文字部OBの文字デザイナー鈴木勉氏(―1998)ら,数名で創立.現在は鳥海修氏が代表.文字の設計開発を事業の中心として活動中.
最初につくったフォント,大日本スクリーン製造(株)から発売された「ヒラギノ」シリーズが10年を経た.明朝系が8ウェイト,角ゴシックが9ウェイト,丸ゴシック4ウェイト,行書2ウェイトとなり,多くのファミリーを形成している.MacintoshのOSXには同書体が標準装備され,DTP環境で一方のスタンダードとなりつつある.写植時代につちかわれた設計技術が基礎にあるので,書体の洗練度と安定感,体系制ともに多くのユーザーから支持されている.
文字設計は,初めは手書きで鉛筆の下書きをし,スキャンデータをアウトライン化,さらに修正を重ねて1字1字を仕上げる.漢字の構成要素,偏や旁,冠脚などの流用は不可能で,個別につくる.下書きとデータ化で合わせて1時間をかけて数人で作る.検査は基本的に一人で行い,形を統一.
「書体見本」は以下の漢字で設計.「三東霊鬱国今鷹永力袋酬愛」文字各部のバランス,組み合わせた調和が重要.様式的な一貫性をはかりつつ「種字」として400字に拡張.その過程でチーフがチェック,修正指示を2~3日で直す.漢字は第一水準で3000字はつくる.かなは墨で書く方が多い.(中略)
文芸書の本文組に特化したフォントに「游明朝体R」がある.長い文章を読むのに適した細めの明朝体で,透明感をもった優しい風合いをそなえ,かなが小ぶりである.
新しく復刻したフォントに「游築見出し明朝体」があり,大正時代の東京築地活版製造所の活字の風格が甦るリバイバルである.「游築初号ゴシックかな」も活字のホットな力づよい質感を再現している.
制作現場の見学によって,実際に文字をデザインする人,スタッフの精鋭である方々,文字設計に用いられる環境,機器と作業過程の一端を知ることができ,念願を達した.
文字開発は国語に結びつき,文字文化の質的な向上に繋がる,きわめて大切な基礎領域である.しかし,デジタル・フォント事業の現実はかなり厳しい状況にあり,ユーザー側からも可能な何らかの支援が必要と思われる.
(文責:道吉 剛)