田島 悠来(同志社大学創造経済研究センター)
マスコミュニケーション論の視座からみる出版史研究とその手法
出版がマスメディアの一種であることは周知のことだが、であるならば、出版学はマスメディアとそこでのコミュニケーションに関する学問・研究と地続きのものと位置づけられよう。箕輪氏は、出版学の上位概念としてマスメディア論およびマスコミュニケーション論を掲げ(注5)、「書籍・雑誌をどのような手続きを経て生産し、流通し、利用するのかという手続論、システム論が、マスメディア論としての出版学であり、そうしたシステムが果たしている社会的機能に着目するのがマスコミュニケーション論としての出版学」(箕輪、1997年、29頁)と明瞭に区別する。筆者のこれまでの研究の関心は後者に、つまりは、雑誌という出版メディアが社会においていかなる機能を持ちうるか、そしてそれが時代の経過とともにいかに変化してきていると言えるのかを探ることにあったため、ここでは、マスコミュニケーション論の視座から出版史研究の分析手法について考えたい。
マスコミュニケーション論においては、1940年代にE.カッツやP.F.ラザースフェルトによって展開されたアメリカでの科学的なコミュニケーションの効果研究によって学問領域が確立し、そこで用いられた手法、すなわち、定量的分析が主流をなしてきた(注6)。しかし、内容分析(content analysis)(注7)のように、情報データを数量化し、統計的方法を駆使して推論を加えることのみでは、メディアが発する多様なメッセージを十分に捉えきることは不可能なのではないかという批判的なまなざしが1990年代に入って向けられるようになってきている。そこで、着目されたのが、メディア・メッセージの質的側面をより重視する言説分析(discourse analysis)という手法である。
言説分析の出版史研究への援用
言説分析は、イギリスやオランダにその起源を持ち、批判的言説分析(critical discourse analysis)として定着を見る。社会事象や「事実」と呼ばれるものが、様々な人の言い方、話し方によって初めて構築される、という社会構築主義の立場に依拠した理論枠組である(岡井崇之「言説分析の新たな展開―テレビのメッセージをめぐる研究動向」(『マス・コミュニケーション研究』(64)、2004年)、ノーマン・フェアクラフ『ディスコースを分析する 社会研究のためのテクスト分析』(日本英語学会メディア英語談話分析研究分科会訳)(くろしお出版、2012年)。基本的な方針は、「言説の成立を他の言説との関わりで追跡すること」、「そのさい、社会の変化を考慮に入れること」であるとされている(注8)が、自己言及的で「テクストの正しい“解釈”はない」という前提のもと、その解釈は分析者に委ねられ、独自の分析枠組みは有さないと言われている。つまり、内容分析が定量的分析であるならば、言説分析は定性的分析であり、文字によって書かれたものや人によって発せられた言葉、文献資料やテレビの発話を分析者自身が定めた枠組みに則り分析していく比較的自由度の高い手法であると言える。また、「言説分析はしばしば歴史的な探究となる」(岡本、2008年)との指摘されるように、社会の移り変わり、他のテクストとの相互作用(間テクスト性)を視野に入れた考察が要求される分析手法でもある。
以上から、言説分析は、出版の歴史的な探究を第一義とする出版史研究と親和性が高いものであると言え、出版史研究への援用の可能性が期待できる。ここから、筆者は、これまでの研究活動において、言説分析を用いて、ある一定の期間のなかで特定の雑誌が発するメッセージがいかなるものであり、そのことが当該時期の日本社会においていかなる意味を持っていたのかを論じてきた。以下はそこから見えた言説分析の課題と可能性について述べていこう。(つづく)
注5 箕輪氏は、マスメディアを、マスコミュニケーションを行うための装置と捉え、「マスメディア論は、メディアという装置、あるいはシステムがいかに稼働するかというメディアのふるまいを問題にする」ものとし、マスコミュニケーションはそうした装置としてのマスメディアを通じて実現される機能であり、「マスコミュニケーションはメディアが果たす役割、機能を問題にする」と明確に分けている(箕輪、1997年、28-29頁)。
注6 田崎篤郎・児島和人編『マスコミュニケーションの効果研究の展開 改訂新版』(北樹出版、2003年)
注7 「内容分析」については、橋元良明「メッセージ分析」(高橋順一・渡辺文夫・大渕憲一編『人間科学研究法ハンドブック』ナカニシヤ出版、1998年)、日高昭彦「内容分析研究の展開」(『マス・コミュニケーション研究』(64)、2004年)、有馬明恵『内容分析の方法』(ナカニシヤ出版、2007年)などを参照されたい。
注8 岡本朝也「文化の変遷への視座―構築主義と言説分析」(南田勝也・辻泉編『文化社会学の視座』ミネルヴァ書房、2008年)